運命の訪れ

 あらゆる文化が集まる東の島国――極東帝国きょくとうていこくは最先端の技術や文化を築き上げていた。

 近代と称する大正時代で発展を止めてしまった街並みだが、自動車や機械などの技術は発展途上国と称するに相応しい成果を出している。
 一時期は石油・ガス頼りだったが早くも上水道や電気が普及し、自動車や電車、家庭器具などは全て電気で動いている。無駄のない技術のおかげで温暖化現象も安定して、空も森も海も美しさを保っている。

 ファッションは西洋のものも取り入れているため、少し前まで着物や、それに準ずる服ばかりだった頃と変わって自由度が高くなった。

 学校制度も海外とは違い、後期中等教育まで義務教育と定め、大学以降からは対象外になっている。そのため学校は、小学校、中高一貫、または小学校を含む一貫校がほとんど。

 各国も目を見張るものを持つ極東帝国は、文化以外にも驚くべき制度システムを築いた。
 そして、近年で急増している能力を持つ人間――能力者のための職業を創設したのだ。

 武装保安庁ぶそうほあんちょう

 慶応けいおうに起きた大事件によって一般的になった能力者が国の社会に貢献する国家組織。
 化け物の討伐から、能力犯罪者の確保、鎮圧などの荒事を専門にしている。
 入隊は単に能力を持つだけでは無理がある。優れた能力の他に、身体能力、戦闘能力を備えることが最低条件としている。それだけでも入隊している人員は数千人も存在するため、江戸があった都市を帝都に定め、各地方に支部、各都道府県の町に会社や事務所を構えている。

 某県にある天辻あまつじ町も、大きな武装保安会社があった。
 天辻町の武装保安会社の建物は、錆色の外壁に紺青色の屋根が美しい西洋館のような外観だ。


 三階建ての立派な建物の二階にある軍用応接室で、一人の男が緊張気味に革張りのソファーに座っていた。

 原因は、目の前の男と青年にある。
 厳かな肘掛ソファーに座っている三十代半ばの男は、同じ人間とは思えない美貌の持ち主だった。一つに結わえた背中まである髪は雪のように白く、長い睫毛まつげに縁取られた切れ長な目は鋭く、鋭利な光を持つ金色の瞳に見据えられると弱みを握られた心地になる。同じ高さのソファーに座っているというのに、座高や足の長さは一八〇センチを超える軍人より上。それでいて無駄なものは一切なく、若竹色の和服が似合う絶世の美丈夫。

 彼はこの天辻武装保安会社の社長、神原扶かんばら たすく。二十五歳という若さで天辻武装保安会社の社長に就任した元武人で、卓越した武術の腕は熟練の軍人でも十把一絡じっぱひとからげのチンピラと比べるような差がある。

 そして、神原の後ろに控えている長身の青年は彼の一番弟子、玖珂雅人くが まさと。中性的な美貌は女性にも見られるので、綺麗な黒髪は適当と言っていいほど無造作に切っている。黒曜石や黒真珠と表現できる深い黒の瞳は深淵を見据えているようで、その怜悧な瞳に睨まれると筋肉が強張りそうだ。凛々しい秀麗な和風美人を体現しているのだが、鋭利な刃物のような鋭さの所為で恐ろしさが先立つ。

 あらゆる上流階級の人間を超越したような美貌を持つ彼らと比べ、男は益荒男ますらおのような厳つさがあるだけ。余計に居心地が悪い。


「それで、貴君は我が社の人員を要請したにも関わらず先行したのか」


 神原の低すぎない声は心地良さを与えるが、この状況では重みを与える。


「……申し訳ない」


 背筋を伸ばした男は、沈痛な面持ちで深く頭を下げて謝罪する。
 だが、神原は糾弾きゅうだんを止めない。


「我が社をよく思っていない気持ちは解らなくもない。だが、私情を優先した行動の所為せいでどれだけの被害が出たと思っている。貴君について行った部下へは謝罪したのか」


 ぐっと息を詰める軍人の男。

 昨晩の化け物の討伐で生じた被害は少なくない。半数近くも怪我を負い、入院している隊員もいる。
 自分勝手な行動で負傷させてしまった彼らに謝罪したのかと問われると、倒した余韻よいんに酔いしれていたため、した覚えがない。


「軽率な行動をした上に、部下への労りもしなかったのか。隊長として感心できるものではないな」


 神原の痛烈な言葉に、
こぶし
を握り締める男。
 悔しさと申し訳なさで息苦しくなると、玖珂がさらに追い討ちをかける。


「中佐。貴殿は本当に昨晩のあやかしを討伐したのか?」


 妖。それは、過去の大事件によって発生するようになった化け物のこと。ほかにも異形いぎょうと呼ばれ、他国ではモンスターと一括りにされているが、極東帝国では『伊呂波いろは』で階級をつけて強さに区別をつけている。

 『伊』の妖は、ほぼ人間の姿で自我があり、何かしらの能力を持つ。
 『呂』の妖は、歪な姿と人間に近い知能があり、高い戦闘能力を持つ。
 『波』の妖は、歪な獣の姿をしており、本能で血肉を求めて生物を襲う。

 昨晩の獣型の化け物は低級である『波』の妖。通常の武器で太刀打ちできるか問われると難しいが、長期戦になるが勝てなくもない。

 中佐と階級で呼ばれた男は、怒り顔で玖珂を見る。


「我々の実力を疑う気か」

「疑うも何も、あの倒され方は通常ではありえない」


 あの倒され方と言われ、男は太い眉を寄せて表情を険しくさせる。

 冷静な分析ができていない。さらに言うと反省の色がない。
 玖珂は呆れと失望から溜息を吐き、妖の死因を説明する。


「『波』の妖の決定的な死因は頭部の破壊。間違いないな?」

「ああ。それがどうした」

「どうやって頭部を破壊した。口の中に爆弾でも入れたか?」


 そこで、男の表情が変わる。


「あの破壊され方は内部から受けなければありえない。口に爆弾を入れれば焼け焦げた痕が残っているはず。だが、『波』の妖の損壊した頭部に焦げ痕はなかった」


 どうやって調べたのだろうか。なまぐさい血ばかりが流れる妖の死骸から、そこまで詳しく調べられるとは驚きだが……。


「貴殿の部隊に強力な能力者はいたか?」


 無能力者である自分達ではなく、能力者の手柄だとは信じられなかった。

 困惑する男に二度目の溜息を漏らした玖珂は、男に近づく。
 気だるそうな表情で近づかれ、得体の知れぬ恐怖が芽生えた。


「な……何をする気だ」

「貴殿に能力がかかっていないか調べる。催眠をかけられていたら記憶に障害が出る」


 玖珂の説明に男は表情を強張らせる。
 今のところ記憶障害は起きていないが、もし障害が出てくるのなら今すぐ断ち切りたい。


「どうすればいいんだ!?」
「貴殿がすることは何もない。これは僕の仕事だ」


 身を乗り出した男に玖珂は右手を伸ばして、指先で額に触れる。
 瞬間、頭の奥にあったしこりのような靄が消え、脳が揺さぶられる感覚を覚えた。

 一気に襲いかかる眩暈と吐き気、そして激しい頭痛。一秒という刹那が長く感じるほどの痛みに呻いて頭を抱え、そして――


「――そう、だ……」


 焦点の合わない瞳に、光が差し込んだ。


「あれを倒したのは我々ではない……。あれを倒したのは……」


 網膜もうまくに焼き付いた光景が脳裏に浮かぶ。

 たった一言で妖の頭部を砕き、男を含めた軍人達の記憶から姿を消した――



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