「女……だった……」
「女?」
ぽつりと掠れた声で紡がれた言葉に、玖珂は
「ひどく……恐ろしいほど美しい女だった……。たった一言で妖を倒すほど強かった……」
魂が抜けるほど、と表現できる彼女を思い出した男は背筋が
生唾を飲む男に、玖珂は質問する。
「その女の外見は?」
「年頃は十代半ぐらいで、長い黒髪とオッドアイが特徴だった」
「身長は?」
「だいたい……一六五センチ。いや、もう少し低かったような……」
はっきりと思い出してきた男は、顔を上げて神原に向き直る。
「少女から大人の女を行き来する年頃だった。オッドアイはどちらも寒色系で、片方が紫色だったことは覚えている」
「……なるほど。その少女に助けられたのか」
「ああ」
しっかりと頷く男の表情に、先程の
意外そうに軽く目を見張った神原に男は気付いて告白する。
「自分が愚かにも焦った所為で部下が傷ついた。彼女がいなければ我々は全滅していたのは確かだ。申し訳なかった。次からはもっと冷静に協力する」
先程と違って
人が変わったような態度に驚いた神原は、「次からは頼む」と謝罪を受け取る。
「その少女はこちらで捜索しよう。雅人、お送りしてくれ」
玖珂は神原に一礼し、男を連れて応接室から退室した。
残った神原は思考する。
あの軍人の証言によれば、その少女は言葉一つで妖を殺す能力を持っている。たった一言で妖を殺せたのなら、たった一言で人間も殺せるということになる。
ふと、とある一貫校に在学する一人の少年も、言葉に宿る霊威――言霊を操る能力を有していることを思い出す。しかし、
「……雅人と同等、か……?」
玖珂の能力を考えるとありえなくもない。そう考えた神原はソファーから腰を上げ、二階にある社の能力者専用の事務室に入る。
事務室にいるのは玖珂と、彼より年下の少年少女達。玖珂以外の全員は学生だが、熟練の軍人を上回る実力を持つ。正式な社員として真面目に職務に励む者から自由に寛いでいる者まで幅広くいる。
神原が入室すると、真面目に事務仕事をしている者達は背筋を伸ばして立ち上がり、
「昨晩のことは耳に入っているか」
「……妖の討伐で、勝手に先攻した馬鹿な中佐の情けない部隊のことですか?」
無気力そうな橙色の瞳に苛立ちを宿した少女が刺々しく言うと、柔らかそうな茶髪の少女がエメラルドグリーンの瞳を丸くする。
「え。あのお馬鹿さん達、また情けないことしたの?」
「そうだよ。せっかく俺が出向いたっていうのに、とんだ無駄骨だった」
最初の発言者の隣にいる少年のような少女が腹立たし気に
気持ちは解らなくもない。なんせ真夜中に呼び出されたというのに、到着した時には多数の被害が生じてしまっていたが、すべて片付いてしまっていたのだ。
いつもなら就寝している時間に起こされたというのに無駄骨とは馬鹿にされているようなものだ。
二人の気持ちが痛いほど伝わった少女は、「ほーんと馬鹿」と小さく罵った。
三人のやり取りを見た神原は胸中で苦笑し、厳然とした姿勢を保たせて続ける。
「その部隊を助け、代わりに妖を倒した者がいる。至急、その者の捜索を行ってくれ」
「「「……え」」」
神原の指令に、玖珂以外の者達は目を丸くする。
思考が停止した彼らの中で、色素の薄い茶髪の少年が逸早く我に返って質問する。
「あの部隊が倒したのではないのですか?」
「調べた結果、通常の攻撃では不可能な損壊の仕方をしていたそうだ」
ちらっと玖珂に視線を向ければ、察した玖珂は彼らに説明する。
「あの妖の死因は頭部の破壊。まるで破裂したような損壊の仕方だった。口の中に爆弾を入れて爆破した証である焼け焦げた痕がないことから、中佐の証言通り、能力で頭部を内部から破壊した――という推測が上がった」
「うげっ、何そのえげつない殺し方!」
銀と青のメッシュを入れた黒髪の少女が声を上げる。ほかの者達もこれには引き
グロテスクと言っていい推測だが、玖珂の推測は外れたことがないので皆信じた。
「中佐の証言では、その能力者は少女で、言葉一つで倒したそうだ。外見は長い黒髪に寒色系のオッドアイ、少女から女性に変わる年頃らしい」
説明が終わると、彼らの中で三人の少女が反応する。
知っているかのように、驚きから目を見開く。
「何か知っているのか?」
三人の様子を見落とさなかった神原が問うと、真紅の瞳の少女が答える。
「三年くらい前……だったかしら。私と同い年くらいの子が人攫いから助けてくれたの。その子もオッドアイで、言葉で私の怪我を治したわ」
「……初耳だよ。僕も三年前に『呂』の妖から助けてくれたんだ」
「俺は二年前。妖の討伐でしくじって大怪我した時、一言で妖を殺して怪我を治してくれたぞ」
橙色の瞳の少女と、少年のような
謎の少女は、意外にも社員と接触していたようだ。
これなら少しは捜しやすいかもしれない。そう思って神原は訊ねる。
「詳しい特徴は覚えているか」
「右眼が瑠璃色で左眼が紫色だった。あと、あの時は長春色のセーラー服を着てました」
曙色の瞳の少女が答えると、ピンときた薄茶色の髪の少年が思い出す。
「公立
公立諏訪学院とは、天辻町の郊外にある中高一貫の公立校。学費は天辻町で有名な学校より安価なので、一般家庭や施設出身の学生が多く在学する。
男子制服は黒い学ラン、女子制服は長春色のセーラー服で、一般の学校の女子制服より少しお洒落。
天辻町の中で特定しやすい制服を着ているなら、かなり捜索しやすくなった。
特定の学校を絞り出した少年は、起動させているパソコンから公立諏訪学院の情報を調べる。天辻武装保安会社の中で随一の工学系の技術力を具えている少年にかかればすぐに検索できるだろう。
キーボードを指先で叩く音が止まることなく響く。
素早い打ち込みを繰り返し、指が止まるとマウスで操作。印刷機から一枚の紙が色付きで吐き出されると、近くにいる女性のような少女が取る。
「……この子がそうなの?」
添付された人物写真には、美しい少女が映し出されていた。
長い黒髪をハーフアップに結わえた少女の瞳は、瑠璃色と紫色のオッドアイ。
三人に見せると、彼女達は頷く。
確認した少女は神原に渡す。受け取った神原は、記載されている名前を読み上げた。
「
紙には無能力者と記載されているが、実際は能力者。
児童養護施設にいる頃からずっと能力を隠し続けているとは驚きだ。
「いかがなさいますか」
紙を渡した少女が訊ねると、神原は告げる。
「『あの組織』に目を付けられる前に保護し、国立天辻学園に転校させる」
これが今の最善の策だと、疑いもせず。
これが運命の先触れ。
宿命の刻限は、刻一刻と迫っていた。