幼少編 * 必然的な運命 *
転生を自覚して翌年、幼稚園に行くことになった。
物心ついた時からいろんな習い事を受けていたため、充実した日々じゃない怠惰な日常に溶け込まないといけないのかと思うと苦痛だった。
園の先生は友達を作らない私を問題児扱いしているけど、私は独りが良かった。
木陰でお母さんから出された課題である外国語を和訳したり、日本語を外国語したりしていた。
この世界に転生して、私の頭脳は吸収力がいいらしい。すぐに英語を習得して、他の外国語も習得した。今は英語の他に中国語、イタリア語、フランス語の三箇国。現在はロシア語を習っている。
同時にお母さんの友人が来て、護身術として合気道を習っているけど、こちらも型をすぐに覚えた。あとはもう少し成長して、その友人が経営している道場で実践して実力を測らないと。
でも、時々疲れてしまう。当然かな。私はまだ子供なんだから。
帰ったら訓練だ。早くちゃんとした体力を身につけないとね。
「うわぁああん!」
昼食後の午後になって今日の課題が終わった頃、男の子の泣き声が聞こえた。
顔を上げると、同じ園児の男の子がガキ大将とその取り巻きにいじめられていた。
……まったく、あのぼんくらが。
徐(おもむろ)に溜息をついて本に栞を挟み、彼らのところへ行った。
「なんだよ、雪女」
『雪女』。それが私の蔑称。髪の色でそう馬鹿にされる。
完璧な色素欠乏症じゃないけど、メラニン色素が少ないせいで髪は真っ白。瞳の色は、母親譲りの神秘的な青だから、純白の髪とよく似合う。
でも、子供からすれば、私は異質で異端に見えるだろう。好きな色だけど仕方ないと割り切るしかない。それでも馬鹿にされるのは嫌だった。
近づいた私に気づいたガキ大将が私を睨む。
視線をスルーした私は座り込んでいる男の子と目線を合わせるように片膝をつく。
「大丈夫?」
「うえっ、ひく……う?」
男の子は大きな瞳を私に向ける。
涙に濡れた琥珀色の瞳に癖の強い栗色の髪。
……あ、思い出した。この子は沢田綱吉。この世界の主人公だ。
知識通り、この頃の沢田綱吉は泣き虫だ。小動物らしさがある。
私の姿を捉えた瞬間、彼はビクッと肩を震わせる。
私のことが怖いのか。それとも……。
「おい! 無視するな!」
「黙れ」
イラッとして、肩越しで睨みながら低い声を出せば、餓鬼は青ざめる。
仕方ない。こいつらから片付けよう。
「何なの、あなた達。弱い者いじめして何が楽しいの? とんだ愚か者だね、餓鬼ども」
立ち上がって見下すように睨めば後ろ足を引いた。
「今までの借りと、この子をいじめた借り……晴らさせてもらおうか」
うっそりと嗤い、片手に持っている分厚い本の角を餓鬼の脳天に叩き込んだ。
鈍い音が響くほどの衝撃に、ガキ大将は泣きながら逃げて行った。
メンタル弱いくせに人をいじめるなんて、とんだ小物だ。
溜息をついて、泣き止んでぽかんとしている沢田綱吉にハンカチを渡す。
「これ、返さなくていいから」
「え。あ……」
沢田綱吉が何かを言う前に、私は木陰へ戻った。
さて、読書読書。
◇ ◇ ◇ 翌日の幼稚園。今日も木陰で読書していた。
ただし、いつもとは少し違う。
沢田綱吉の視線を浴びているのだ。
なぜに? 昨日助けただけだよね?
……それだ。まさか懐かれたとか? ……ないわー。
「……あ、あの……祈ちゃん」
沢田綱吉が勇気を振り絞って私に声をかけてきた。
少し驚いて顔を上げると、沢田綱吉が私のところに来た。
「こ、これ……ハンカチ、ありがとう」
おずおずと差し出したのは、昨日渡したハンカチだ。
返さなくていいって言ったのに……律儀だなぁ。
「どういたしまして」
仄かに笑って受け取れば、沢田綱吉は口を引き結ぶ。
そして。
「と、ともだちに、なってください!」
「……え」
友達の申し込みをされた。
……友達? 私と?
……でも、私は……。
ぽかんとしてしまったけど、すぐに冷静さを取り戻す。
そしてすぐ、水のフェノメナキネシスを使って水の花を作った。
「えっ!? ど、どうやったの?」
「超能力だよ。これのせいで、私は父親に捨てられた。友達になったって、怖がられて嫌われるのが落ちだ」
本当は隠したいことだった。でも、彼は優しいから証明しないと離れてくれないと思った。
だから淡々と言って、花をただの水に変えて地面に捨てる。
「だから私に近づかないで」
怖がられて嫌われるのは慣れている。でも、それが友達だったら耐えられない。
友達なんていらない。
なのに、彼は……。
「すごい! 魔法使いみたい!」
「……え?」
魔法使い? いや、そこは魔女じゃないの?
いや、そうじゃなくて……。
「怖くないの?」
「うん。祈ちゃんはやさしいもん。ぼくは祈ちゃんとともだちになりたい」
太陽のような笑顔で言ってくれた。
父親に嫌われて、捨てられて。ずっと友達なんてできないって思っていたのに……。
「えっ!? 祈ちゃん……? ど、どこか痛いの?」
「……んーん」
嬉しかった。こんな私と友達になりたいなんて言ってくれる子なんていないと思っていたのに、沢田綱吉は私を受け入れてくれた。
溢れた涙がこぼれた。けど、私はそのまま不器用な笑顔を作った。
「私なんかでよければ、友達になるよ」
初めての友達は沢田綱吉。この世界の主人公。
巻き込まれる確率は高くなったけど、彼と友達になったことに後悔しないって言えるよ。