幼少編 * 預かったもの *


 深い眠りについた時、苦しくて悲しい時、不安定な時、私は不思議な世界にいる。
 おそらく私の精神世界だと思う。転生した自覚が芽生えた時に見た、銀世界の幻想郷。
 巨樹の太い枝の上で雪原を眺め、心を落ち着かせる。

「美しい世界ね」

 突然聞こえた女性の声に驚いて起き上がる。ここは私しかいないはずなのに……。
 きょろきょろと見回すと、目の前に不思議な女性がいた。
 水に濡れたような長い黒髪に青い瞳を持つ、絶世の美女。
 私が着ている着物に似たような裾幅の広い振袖を着ていた。

 神秘的な美貌の彼女は、ニコリと私に笑いかけた。

「はじめまして、氷崎祈さん。私は氷沢雪那と申します」

 どうして私の名前を知っているのか。疑問はたくさんあるけど……。

「あなたは……何者?」
「異端者よ」

 異端者。正統な存在から外された存在。
 彼女がそうなら、私だってイレギュラーであり、超能力者である内は異端者だ。
 僅かに眉を寄せるけど、氷沢雪那という人はクスッと笑うだけ。

「氷沢さんは……」
「雪那。呼び捨てでいいわ」
「……雪那は、この世界に必要とされた人?」

 私はきっと必要とされないだろう。でも、彼女はどうだろう。自分を異端者と卑下し、何もかもを受け入れている彼女は、ちゃんと世界に必要とされたのだろうか。
 世界は無情だ。その世界に必要とされている人なら、私にも存在する意味はあるのだろうか。

「……難しいことを言う子ね。そうね……必要とされたと思うわ。利用……という形だけれど」
「……利用?」

 こんな綺麗な人が世界に利用された?
 促すと、雪那は淡く微笑んだ。

「7³(トゥリニセッテ)+αという存在にされたの」

 それを聞いて、漠然と理解した。
 彼女がなぜ異端者だと自らを称したのか。それは、この世界の奇跡の星――地球を原初から守っている地球人と関わって、利用されたということ。

「なぜ私がここにいるか。それは魂の断片として、あなたの魂に宿っているの」
「……死者なの?」

 予想して言えば、「ご明察」と言う。
 死者が私に宿っているなんて驚きだけど、どうして私に?

「祈は私の後を継ぐ、雪のリングの適合者にしてアルコバレーノ。そのサポートをするためにいるの」

 どうやら避けられない決定事項のようだ。まぁ……いいけど。

「……怒らないの? 図々しくあなたに宿ることに」
「別に。私のサポートをしてくれる時点でありがたいんだから。怒るなんてしないよ」

 心からの言葉を言えば、雪那は泣きそうな顔で笑った。


◇  ◇  ◇



 綱吉と友達になって数ヵ月。
 驚くことに、私と綱吉の家はお隣同士だった。
 お母さんは私が綱吉と友達になったことに喜んで、自分がいない時は沢田家にお邪魔させてもらうようになった。

 お母さんが出張に行ったある日、沢田家におじいさんがやってきた。

「はじめまして。君は綱吉君のお友達かな?」
「えっと……うん。氷崎祈です。おじいちゃんは?」
「わしはティモッテオ。よろしく、祈ちゃん」

 ……なんてこった。ボンゴレ九代目が登場しちゃった。
 帰りたくてもお母さんがいない今、帰ることが出いない。
 さて、どうする……と庭で思案していたところ。

「うわあんっ」 ティモさんのところへ行こうとした綱吉がこけてしまった。
 何もないところでこけてしまう辺り、さすがドジっ子と思ってしまう。
 沢田奈々さんが綱吉の傷口を洗って絆創膏を貼る。あとは自然治癒力に任せないといけないけど、綱吉はまだ痛そうに顔を歪めている。
 うーむ……良心が痛む。

「……いたいのいたいの、とんでいけー」

 綱吉の膝頭に右手を翳して言うと、綱吉は泣き顔を止めた。
 驚いて私を見上げたので、口元に人差し指を当てて「内緒だよ?」と笑う。

「ありがとう祈ちゃん!」

 涙目だけど明るく笑った。うん、やっぱり綱吉は笑顔が似合う。
 実は超能力のヒーリングを使ったの。絆創膏の下の怪我は、綺麗さっぱり無くなっているはずだ。
 綱吉の頭を撫でていると、ティモさんの視線を感じた。
 ……しまった。超直感の存在を忘れていた。

「祈ちゃん、ちょっといいかな?」
「え、うん」

 綱吉の頭から手を放してそちらに行けば、ティモさんはポケットから一つのケースを出す。
 ケースの蓋を開ければ、雪の結晶を閉じ込めたフロスティクォーツのような宝石を嵌め込んだ指輪が入っていた。
 ……まさか、フラグが立っちゃった?

「九代目、それは……」

 家光さんが目を見開いて凝視する。

「祈ちゃん、これを見てどう思う?」
「え。雪みたいで綺麗だけど」

 フロスティには『霜がかかった』という意味がある。
 それを抜いても、この指輪に嵌った宝石は雪のような美しさがある。
 純粋な感想を口にすると、家光さんは目を丸くし、ティモさんはニコリと笑う。

「これを君に預けよう。これを返すかどうかは、時が来てから選んでくれ。その方がわしも嬉しい」

 ……適任者ですか。そうですか。
 私が氷沢雪那の後継者であることは知らなくても、超直感で感じ取ってしまうのか。
 これを取れば、後戻りできなくなる。

 でも、私は――受け取ることを選んだ。

 瞬間、指輪が淡い光を放った。指先が冷たくなって感覚が消えそうになったけど、軽い重みが手のひらに加わった。
 細めていた目を開けば、指輪の他に拳くらいのおしゃぶりがあった。
 透明度の高いおしゃぶりの色は、スノーホワイト。

 ……これで運命から逃れられなくなった。苦しいけど、頑張るしかない。

「……君が後継者だったんだね」

 ティモさんの呟きに我に返った私は、きょとんとした表情で首を傾げた。
 彼と家光さんが沈痛な面持ちだということに気づいたけど、私は純粋な子供を演じた。




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