幼少編 * 遠国の護衛人 *


 お母さんは科学者だから、ある程度の語学力はついている。
 英語、中国語、イタリア語、ロシア語、フランス語、ドイツ語……エトセトラ。
 小学3年生になる頃には8ヵ国語も話せるようになった。

 お母さんのおかげで勉強も得意になったし、運動は万能戦闘という技術力のおかげで図抜けている。
 この万能戦闘という技術は3年前に気づいたのだ。それからお母さんが知り合いの武道場に連れて行って、半年でその流派を習得(マスター)した。
 剣道、柔道、合気道、空手、射撃、棒術など。大変だったけど、私のためだ。
 お母さんは有名だから、子供である私が誘拐されないということはない。だから日々鍛錬して、身を護れるほど強くなった。


 そんなある日、我が家に男の子が来た。
 程良く短いサラサラの金髪にロイヤルブルーのように澄んだ瞳の美少年。

「オレはアルド・ダンブロージョ。よろしく、Principessa della neve.」

 アルドという男の子はイタリア人だった。
 お母さん曰く、知人の子が来てくれると安心だからとか。
 でもさ、その知人ってマフィア関係じゃない? だって、『ネーヴェ』って『雪』の意味があるんだけど。

 お母さんとは仲良くなったけど、私はまだ仲良くなれていない。
 超能力もそうだけど、やっぱりマフィアって時点で信用できない。

 去年からお母さんは海外の依頼を受けるようになった。
 一人暮らしになっていたけど、アルドがホームステイに来てから、それもなくなった。
 でも……気まずい。私の家なのに、居心地が悪い。
 ちょっと憂鬱になってきたある日のこと。

「祈さん、どうして僕を避けるのか教えてくれない?」

 夕食後、食器洗いをしているとアルドが訊ねてきた。
 この1ヵ月で仲良くなれていないから、疑問を持つのも無理はない。

「……あなたがティモさんの配下だから」 食器を洗い終わって手を拭く。
 振り向けば、アルドは目を見開いて固まっていた。

「……いつから」
「最初から」

 掠れた声で問いかけられて即答する。

「Principessa della neve. ――雪の姫。ティモさんから貰ったこの指輪に関係があるでしょう?」

 いつも首にかけているペンダント、雪のリングを見せて言う。
 アルドは緊張気味に表情を引き締めて喉を鳴らす。

「これは後継者の証だけど、私を利用するなら返す」
「利用って……九代目は君を利用なんて……」
「するでしょう。どうせ私の力目当てなんだから」

 あの時は治癒の力を直感的に感じ取った。そして直感的にまだあると思ったのかもしれない。
 治癒能力だけだったら、戦う術がなかったはずの私に“これ”を渡そうとしない。あの時の私は超能力以外では非力だったから……。
 それを知らないアルドは「“力”……?」と戸惑いながら口にする。

「あの時は治癒の力を使ったけど……私は複数の超能力を持っている能力者だ」

 雷に打たれたような衝撃を受けたアルド。
 やっぱり、彼も拒絶するだろう。

「お母さんと綱吉は受け入れてくれたけど、これのせいで父親に捨てられた」
「!!」

 息を呑むアルド。父親がいない理由はまだ知らなかったようだ。
 その反応に、胸の奥が痛む。

「私はね、これ以上身内に拒絶されたくない。この力のせいで恐れられ、離れていかれたら……きっと壊れる。誰かを守る時に使うのはいいけど、私利私欲に使いたくない。……利用されたくない臆病者だよ」

 視線を落として指輪を握り締める。
 能力のせいで巻き込まれる。……利用される。それがとても苦しかった。
 痛む心を振り切ってアルドを見れば、彼は傷ついた顔をしていた。

「だから私を護らないで。私にそんな価値はないから」

 護衛なんて必要ない。暗にそう言って横切る。

「っ……え?」

 アルドに右手を掴まれた。
 驚いて振り向くと、手の甲にキスされた。
 思わぬことに、カッと顔が熱くなる。

「えっ、なっ!? 何して……!」
「それくらいで祈さんを拒絶しない」

 どうしてそこまで言えるのかわからなくて戸惑う。
 すると、何も持っていないはずのアルドの手に一本のナイフが出てきた。
 驚いていると、そのナイフはサラサラと霧のように崩れて消えた。

「オレは術士だ。有幻覚を作り出す才能があったから親に捨てられ、マフィアに拾われた」

 術士……幻覚を扱う特殊な人間。
 彼もマフィアに利用されているのか。そう思ったけど、彼は自分の意思でマフィアにいるように見えた。

「オレを受け入れてくれた九代目に応えるために、君の護衛を引き受けた。……君を軽んじて引き受けたんだ」

 ティモさんの期待に応えたくて、ただ私を護衛することだけを引き受けたと告白するアルド。
 彼の眼には後悔と悲壮が込められていた。

「君を利用した非礼を詫びさせてほしい。そして君を護る許可を貰えないだろうか」
「……それは、あなたの意志?」

 確かめるように問えば、アルドは頷く。
 揺るぎない意志を秘めた眼差し。これは梃子でも動かないだろう。
 目を伏せて、そっと息をつく。

「……わかった。でも、護られるだけは嫌だから。背中合わせでもいい?」

 今度はしっかりアルドを見て言えば、彼は泣きそうな顔で笑った。

「あなたの御心のままに。La mia unica principessa. (我が唯一の姫君)」

 姫はガラじゃないけど、嬉しそうな顔をしてくれたから何も言えなかった。
 私も笑って、改めて「よろしく」と言葉を交わす。
 これがアルドと仲良くなるきっかけだった。

 こうして友達がもう一人できた。
 そしてアルドが呼び捨てで呼んでくれるようになるまで、さほど時間はかからなかった。




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