痛みだって青い春の中に溶かし込んで

※夢主、遊我、ロミン、ルークは高校2年生、学人が高校3年生
※モブと夢主が会話しているだけ

「先輩は、他の先輩方といて苦しくないんですか?」

部活に行く途中、ネクタイの色から判断しておそらく一年生の男子生徒に話しかけられたいちごは歩む足を止めた。

「遊我とかルーク、ロミンちゃんや生徒会長のことでいい?苦しい、っていうのがよく分からないんだけど……」

なるべく柔らかい声と表情で答える。この五月の時点で八人だ、彼等絡みで後輩から話しかけられたのは。また遊我達と仲の良い「凡人」に対する僻みや妬みから言われたのならば、いつもの様にデュエルで勝って黙らせるしかないかもしれない。そっと潜ませていたデュエルディスクをいつでも出せるように構えておく。しかし、後輩の声は予想外だった。

「気を悪くしたらすいません。これは全く先輩皆さんを馬鹿にしようと思って言ったわけじゃないんです、えっと……」

「はあ……。……長くなりそうだし、移動するか」

チラリと壁にかかる時計を見て時間を確認する。少し移動をして話しても恐らく間に合うはずだ。遅れた時のルークはちょっと面倒くさいから。

「ここ、旧校舎の……踊り場……?」

いちごについていくままに着いたそこは旧校舎の、三階へと通じる踊り場だった。まだ入学して間もなく、そもそも旧校舎に行く機会なんて三年間のうちにあることが少ない場所であるため、何だか不思議な気持ちになる。

「そ。誰も来ないから、気楽に過ごせるよ」

窓を開いて、いちごが後輩のほうへと振り向く。五月のさっぱりした風がその場を満たす。さらさらと下ろされたいちごの髪が揺れる。

「じゃあ話の続きしよっか。君は、今までみたいに私が遊我達と不釣り合いだって言いに来た人じゃなさそうだもんね」

「そう、ですね。あの僕が聞きたかったのは『周りにあんなに才能もあってそれを活かせる努力もあって、輝いている、そんな人がいて。自分とのギャップに、苦しんで、もう近くにいたくないってならないんですか?』ってことでした」

視線をすっといちごからずらした彼は続ける。前髪が影を作って、彼の表情が隠す。風により、揺れて擦れる葉の音が聞こえる。

「僕には大好きな幼馴染がいました。彼は凄く天才だった。才能があって、それを磨くことを惜しまない、凄い人だった。僕は決して天才なんてものじゃなくて、普通の人だったけど……。でも、友達だった」

元々お互い交流を広く持つタイプではなく、幼馴染の才能を知っているのは自分だけと思っていたし自惚れではなかった。けれど、徐々に周囲の人々も輝く幼馴染に気付き始めた。

「だんだん彼の周りに人が増えていくのは、気にならなかった訳ではないけれど、彼が僕を親友と呼ぶから。……結局、耐えきれなくて、僕が逃げてしまったんですけど」

幼いうちは、お互いの世界はお互いで完結していた。周りのことを気にすることも、気にされることも少なかった。環境が変わると、そのままではいさせてくれなかった。特に彼自身はともかく、幼馴染はまるでダイヤモンドの原石のようなものだったから。
そして、幼馴染とのギャップに苦しむようになる。
持っている幼馴染。持たない自分。周囲からの視線が全て、『どうしてお前が横にいるの?』と言っているかのように思えた。

「実際言われちゃいました。僕も確かになあってなったんです。……いえ、僕が逃げる免罪符にしたかったのかもしれません。気がつけば幼馴染と自分を比較してしまう。この高校を受験するのギリギリまで内緒にしてたんですよ、はは……」

「……それで、逃げる前の自分と私が同じだなと思って話しかけてしまった。的な?」

前髪の隙間から、いちごの表情を覗き見る。けれど彼女の顔つきからは何の感情も読み取れない。笑っているようにも、怒っているようにも、何にも思ってないようにも見て取れる。

「そうです。先輩は、辛くないのかなって」

ラッシュデュエルを、齢11にして生み出した王道遊我。
その遊我のライバルにして、デュエル部の部長であるルーク。
人気バンドのロアロミンのギターを担当するロミン。
蒼月家に生まれ、小中高と生徒会長を努め、人望も高い学人。

いちごと特に関係が深い面子は、確かに後輩の彼がいう、才能と努力を持ち合わせた輝く人たち。小学生の頃よりも、彼らを注目し、囲う人が増えていった。

「……辛いよ。昔はそんなこと全く考えなかったのにね」

初めて皆と会った小学生のとき。あの頃は勿論皆のことを凄いと思っていたけれど、彼らにコンプレックスなんか欠片もなく、ただの憧れしか抱いてなかったはずなのに。

「置いていかれてるって思った。デュエルを初めとしてね」

元から皆より勝率は高くなかったものの、何だか負けることが多くなって。
皆それぞれ忙しいのに、どんどん新しい戦術を生み出しては活用していく。いちごは、カードを並べてもなかなか新しい組み合わせが思いつかなくて。
何もない。それらに代わるような特技も何も、いちごは持ち合わせていなかった。

「私、皆と一緒にデュエル部に入ってるんだけどさあ。行きたくないって、思ったこともあるよ」

扉を開けて、いつも知らない大勢に囲まれている彼らを見たくなかった。そんないちごを知らないまま、今まで通りに遊我たちは声をかけてくれる。それに答えるしか出来ず、突き刺さる大勢の視線を受け止める。

「君みたいに言われたこともある。なんで、何も出来ないのに傍にいるの?って。ま、私よりデュエル弱かった人に言われたくないけど!」

「離れたいって、思わないんですか?」

「んー、思わない!」

はっきりそう断言したいちごをビックリした顔で後輩が見つめる。お、目が合ったと楽しそうに微笑むいちごは悩みなんて一つもないようにすら見える。

「だって、そばに居たいもん」

右の義手の繋ぎ目を、服の上から撫でる。右手と右脚が作り物であることを、皆に伝えている。気味悪がるような人ではないことを知っているし、事実そうだった。といっても、いかにルークにかっこいいと言われようと、これはいちごにとってコンプレックスの一つだったけど。でもコンプレックスでも見方を変えれば、たちまち良いものになる。これが無ければ、いちごは遊我に出会えなかったし、皆と仲良くなることもなかった。

「皆とのギャップが辛いなら、私はそれを埋めるために頑張る。だって」

皆と出会ったことを嫌だと思いたくない。ここで逃げてしまうのは楽だと思うけれど、もう彼らとは会えない。そんなことになるぐらいなら。

「私は強くなるよ。皆と一緒にいたいから」

皆。その中の一人をより強く意識している自分にひっそり笑いが漏れてしまうものの、結局そこに終結する。好きだ、一緒にいたい。単純な、けれども大きな願いはコンプレックスさえも飲み込むのだ。

「……」

「あはは、これは私の意見だよ。君の選択は間違えだなんて言えないし言う気もない。後悔しないようにやればいいんじゃない?」

しばらく迷った様子で黙り込んでいた彼は、悩みに悩み抜いたと思わしき言葉を放つ。

「……逃げちゃったのに、連絡送ってもいいんでしょうか」

「やってみなきゃわかんなくない?」

「……はい、やってみます!先輩ありがとうございました!」

バタバタと階段を駆け下りていく。木造の床を踏み抜かないか心配になるほどの勢いで。床に積もった埃が舞い上がり、思わず咳込む。綺麗な空気を吸いたくて、窓から上半身を乗り出す。青青とした香りが鼻腔に入る。ひんやりとした風が頬を撫でる。気持ちよさに瞳を細めて、後輩の彼が良い未来に進めるように願う。

「あ、部活遅れちゃう」
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