番外編 陽炎邂逅

if幼い頃に会っているかもしれないお話

ぐすり、と鼻を鳴らし涙をこらえながらも可愛いラッピングが施された袋を抱えた幼い少女は一人、道に立ち尽くしていた。少女の名前はななし。ここガラル地方の小さな名前も無い町に住む女の子。まだ十歳にもいかない彼女は自分のポケモンを持たず、本来であれば野生のポケモンがいる道路に出ては行けないときつく言われているのだけれども。

バサバサと音を立て飛ぶココガラの群れに肩をびくつかせて、ガサガサと揺れる草むらを半泣きの顔で見つめる。
ポケモンたちも心配そうに影から彼女を見守るものの、あの様子では自分たちが近付いては必死に堪えている、丸くて大きい瞳からはきっと滝のように涙が流れることであろう。なかなか見かけない子供に対して興味津々で飛びかかりそうな子達を抑えながら、ポケモンたちは目配せをした。

あの子と遊んだらダメ? ーダメよ、びっくりしちゃうわ。
危ないなあ、一人なのかなあ。
気性が荒い子は、ここらへんにはいないから大丈夫よきっと。
何か探しているのかしら?

なんて思われていることも知らぬまま、ワンピースの裾をヒラヒラさせてななしはあっちを行ったりこっちを行ったり。暑いからねと母に乗せられた麦わら帽子を無くさないようしっかり頭に押さえつけながらななしは必死に目を凝らす。

「ピチュー、どこにいるのお………?」

か細い声が響く。野生のポケモンたちははて、ピチューとな?と首を傾げる。何せ、この道路にはピチューは生息していないものだから、イマイチピチューと聞いてもしっくり来ない。
袋を抱え直してななしはえっちらおっちら再び探し始める。彼女が探しているのは、ひょんなことから家族になったピチューのこと。元々野生であったり、ピチューの性格だったり、諸々が関係してピチューと仲良くやれているかと聞かれれば答えは否だった。家の中でもなかなか姿を現さないし、警戒がすぎるあまりにいつも頬袋からぱちぱち電流の音が鳴り威嚇をする。(実は3割ぐらいは、ピチューが幼く、上手に電気を扱えないだけだったりするのだが)
仲良くするのよと言われた通りに、また両親の手持ちではないポケモンと触れるのが初だったななしはピチューと親睦を深めようとしたがやはり難しかった。

そして今日もピチューとの距離を縮めんとプレゼントを準備していた彼女は度肝を脱ぐことになった。二階の窓からぴょーんとピチューが飛び出していってしまったのである。思考や、何もかもがぶっ飛んでしまったななしも慌てて家から飛び出し追いかけてきたのだ。渡すつもりだったプレゼントと一緒に。

しばらく無我夢中に追いかけてから、そういえば子供だけで道路に出てはダメではなかったっけ?と思い立つ。
一度足を止めてしまえば、もくもく怖いことばかりが頭の中に浮かんでいく。ママが読んでくれた絵本みたく、オバケに襲われないかしら?……この先の町の近くにある森は、危ないから行かないように言われなかった?そういえば、そういえば……。

早く家に帰りたい気持ちが膨らむが、ピチューを置いて帰ることはしたくない。頬をぎゅむ、とつまみ、涙が零れるのを我慢してななしは足を再び動かし始めた。
歩き始めて暫く、もう振り返っても自分が住む町は少しも見えないし、帰り道すらハッキリと分からない。ガラル地方は夏でも涼しい気候ではあるけれど、じりじり照りつける太陽は容赦なくななしの体力も気力も奪っていく。水筒も持たず出てきてしまったものだから、喉はカラカラに乾いてしまっていた。

日が暮れるとともに恐怖心も増す。ピチューは見つからないし、人がいない道路はとても怖い。

「あっ……!」

ドテッと音をたて、道の窪みに足を引っ掛けたななしは顔から道路に突っ込む。ひっそり見守っていたポケモンたちは思わずザワつく。酷い怪我は無く、頬や膝にかすり傷を数箇所こさえただけで済んだけれど、これで必死に奮いあげていたななしの心はベキッと音を立てて折れてしまった。

「うう……ぐす、ママァ、パパァ………。ピチュゥー……」

とうとう、わんわん声を挙げて泣きだした少女を放り出すのも、しかし自分たちが姿を現してもどうにもならぬとポケモンたちは困った顔をしている。
そんな時、救いが現れたのだ。

「キミ、どうしたんだ!?」

メェメェ鳴く、白いもふもふのウールーを連れた少年が泣き続けるななしに近づいていく。
少年の名前はダンデ。この道路近くにある、同じく名も無き町に住み、あと数年で訪れるであろう自分がポケモントレーナーとして旅立つ日を楽しみにしている少年だったりする。日課のウールーとの散歩に繰り出していた彼だったが(実は今回は違う目的もあった)、普段よりずっと静かな道路に首を傾げていたところななしの泣き声を聞きつけ、慌ててやって来たのだ。
座り込んだまま泣く少女に声をかけるダンデを見ながら、ポケモンたちはそっと胸を撫で下ろす。ポケモンたちも、よく道路に遊びにやって来る彼のことをよく知っていた。彼ならば、悪いことにはならないよと互いに合図しあって、その場は解散となった。

「転んだのか……ケガをしているな、立てるか?」

近付くと怯えた視線を向けられたことに気付いたダンデは無理に助け起こすのではなく、少ししゃがみ、彼女に手を差し伸べることにした。ななしは警戒した様子を見せたが、ニカッと笑ったダンデに張り詰めていた気持ちが緩み、そっと彼の力を借りてゆっくり身を起こした。

「大丈夫だったか?」

「うん………。あの、ここ、どこですか……?」

震えた声を振り絞ってななしはダンデに聞く。

「ハロンタウン近くの1番道路だ」

「はろんたうん、いちばんどうろ……」

「……帰り道は、分かるか?」

「分かんない……です」

二人ともどうしようかと頭を抱える。良くない空気を察したらしいウールーが、二人を落ち着かせようとしてかモフモフの体をぐいぐい押し付けてくる。それを見たななしとダンデは同時に吹き出し、ダンデは泣き顔ではなくふにゃりと微笑んだ少女の顔を見て少し安心した。

「とりあえず、オレとウールーの家に来るか?母さんにキミのことを相談してみよう」

「ありがとう……あ、待って、わたし、ピチューを探しに来たの!」

「ピチュー?」

「うん、わたしピチューが飛び出しちゃって……それを追いかけて……。これはピチューにあげるつもりのもので……」

「なるほど、さっきのピチューはもしかしてキミの家族かもしれないな!」

「え!ピチューを見たの!?」

ダンデが話すに、ダンデの家族が昼間にこの道路では見かけないピチューを保護したのだという。軽く熱中症と思わしき様子であったので、ダンデの家にて涼ませているのだそうだ。そしてダンデは、もしかしたらピチューのトレーナーが、ピチューを探しに来ているかもしれないと思い、散歩していたら、出会えるのではないかと考えていたのだ。

「そうなんだ……ピチュー、大丈夫かな……」

「ああ、もうすっかり回復しているようだった!」

じゃあオレたちも行こう、そう再び差し出された手を握って二人とウールーはハロンタウンへとつづく道を歩き出した。


迷子と、その子のピチューを保護したという知らせを聞きつけたななしの両親を、彼女は疲れきってぐっすり眠りについた姿で出迎えた。
ななしの父は、彼女とピチューをおぶって、プレゼントを抱えた母と二人、ダンデと彼の家族に頭を下げて家路についた。


なお、ダンデとななしは、数日経ってからお互いに名前を聞いていないことに気付く。それを残念にしながらも、二人は日常生活を過ごしていく。その数年後にななしはダンデのファンになり、またその十年後にまた二人は再会する。そんな未来を知らぬまま。