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目覚めが良くない朝だった。僅かな倦怠感とともに桃子はベッドから身を起こす。

「また変な夢を見たのかな……」

変わらず、夢の内容は覚えていないまま。普段の起床時間よりもだいぶ早く目を覚ましていたようだった。
この気だるさを払うために桃子は華麗に二度寝を決めた。




「なんか嫌な予感がする」

そして目覚めた第一声はそれだった。気だるさは失せ、すっきりと気持ちよく起きれたのは良いが、普段起きる時間より明らかに陽射しが高い。外は通勤通学で賑やかになるはずの時間帯であるのに、静かでスズメの鳴き声すら聞こえる。
もう既に分かりきったことだが、時計を見ないままではいられない。えいやと時刻を見れば既に正午を過ぎたことを残酷にも時計は教えてくれていた。
ちょっと眠るつもりだったのに……。とりあえずリビングへ向かえば机に置かれた1枚のメモ。母と杏子からのメッセージが記されていた。

『起こそうと思ったけれど、なかなか起きなかったので、もしかして体調が快調でないのに登校して疲れたのかなと思ったのでぐっすり休んでね。お昼は冷蔵庫にあります。

やっぱり具合悪かったんでしょ!今日はゆっくり休んでね!プリントは貰ってくるから!』

ただ二度寝を決めただけなのに、盛大に勘違いされてしまって思わず桃子は頭を抱える。確かにちょっと気怠い感じはあったけれども。
小さい頃は確かに病院で過ごすことが多く、家でも微熱を出してはベッドに投げこまれていたが、今ではピンピンの健康体である。身内である母や杏子たちから見れば、小さく華奢な身体を持つ桃子はいつ倒れてもおかしくないと思う要素しかないのだろうけど。

心配されていることに少し罪悪感と擽ったさを覚えた桃子はとりあえず腹ごしらえのために冷蔵庫の元へ向かった。



「……あれ、ここは、病室?」

気がつけば、真っ白の病室にポツンと一人立っていた。

昼食後、せめて休んだ分を取り返そうとノートに向かい合っていたのだが、ふと思い立ち、パソコンを立ち上げ古代エジプトについて調べていた記憶はある。家から出た覚えはない。

頬をぐいっと強く抓る。全く痛くない。
もう一度抓ってみる。全く痛くない。頬は既に真っ赤になっていてもおかしくないぐらいには抓ったのに。

「夢の中ってことでいいのかな」

誰もいないであろうと思わず言葉を漏らしたが、その発言の後すぐに病室には自分のものでない、誰かの笑い声が響く。笑い声はベッドの上からする。思わず桃子は身構える。声の主は、静かにベッドから降りたようで、ぺたりと足が床につく音がした。裸足なのだろうか。
ぺたりぺたり、どんどんと近付いてくる。何故か動くことも出来ず、身構えたままに桃子は対面することとなる。

「……あたし?」

『そうね、そっくりだわ』

面白そうに瞳を細めた女性の顔立ちは桃子とよく似ていた。彼女のほうが、もっと年上の雰囲気も身長もあったし、髪は腰より長く下ろされていたけれど、見た瞬間に思わず聞いてしまうほどには二人は似ていた。そして、女性は首から桃子のものとそっくりのペンダントをさげていた。

『面白くて笑っちゃった。前と同じことをするんだもの』

「前?あたしここに来た記憶なんてないけど……。ここって夢の中って認識でいいの?」

『長くなっちゃうから、立ったままも何だし、とりあえず座りましょう?座る場所はベッドしかないけどね』

謎の女性に手を引かれるまま、二人揃って白いベッドに並んで座り、互いの顔を見つめる。少し冷たくて硬いベッドの感触は、何故か懐かしく思った。

『じゃ、質問に答えようかしら。貴方はここに来たのは初めてじゃないわ。私とも会ったことはあるの。覚えていないだけでね。後はここが夢の中かどうかって質問だけど、これは半分正解だしもう半分は違うの』

「最近起きたときに、夢を見た事は覚えてて、でも内容は覚えてなくて。夢を覚えてないことは変ではないと思うんだけど……」

上手く言葉を紡ぐことが出来ず焦る桃子を急かすことなく、優しく微笑みながら女性が口を開く。

『普通ではない、違和感を覚えたのでしょう、?それもそうなの。覚えているかもしれなかった記憶を、私が奪ったから、体がちょっと支障をきたしてしまったのよ。それにただの夢ではないから、なおさらだった』

「……じゃあ、今お姉さんと話しているのも忘れてしまうの?」

『いいえ』

キッパリと拒絶される。そしてずいっと女性は桃子の方へ顔を寄せる。視界に飛び込む白い肌に、目の向けどころが分からなくなりそうだった。桃子の青空のような色に反して、綺麗な夕焼けを閉じ込めたような赤い女性の瞳を見る。

『忘れはしない、奪いもしない。貴方には覚えていて欲しいの。そして私に、力を貸してほしい。お願いよ桃子』

女性は頭を下げはしなかったが、真っ直ぐに桃子を見つめて乞う。今まで生きてきた中で、浴びたことのないほど真剣な視線に少したじろいでしまう。しかし、

「……いいよ、力、貸しても。あたしに何ができるかなんて予想もつかないけど」

自分でも意外に思うほど、案外するっと了承の言葉が口から零れた。

『いいの?私が何者かすら説明してないのに。そんな簡単に受け入れてしまって』

「なんて言うか、ここは夢でもあってそうでもないとか、お姉さんは誰なんだろうとか、わかんない情報が多くてキャパオーバーにはなりそうなんだけど。うん、でも、お姉さんは困ってるから、力を貸してほしいんだよね?なら、貸す」

どれくらい力になるか、想像つかないけど……。そう締めれば、女性は気の抜けた表情を見せた後に再び面白そうに笑いだす。

『貴方って優しいのね』

「うーん、あたしが優しいのかな。多分あたしの大好きな二人が凄く優しいから、その影響……?」

『貴方が優しいのには変わりないと思うけど?』

「ちょっと違うよ」

気弱な遊戯。気は強めでしっかり者の杏子。二人は違うところの方が多いけれど、二人とも凄く優しいのだ。少なくとも桃子はそう思っている。小さい頃から一緒にいて、大好きな二人。彼らがいたからこそ、今の真崎桃子が居るのだとさえ思う。

『その二人は、遊戯と杏子ね?』

「二人の事も知ってるんだ……」

『ふふ、桃子は知らないだろうけど、私も貴方とずっと一緒だったのよ?』

「え、それってどういうことなの!?」

『詳しいことはこれから話すわ。まだ時間があるもの。いつもと違って、貴方を追い出す必要も無いし───。あ、自己紹介がまだだったわね。私はアンクというの。アンク、呼び捨てで構わないわ。これから宜しくね桃子』

「ええ、あ、はい、宜しくアンク………?」

差し出された手を、おずおずと握り返す。ベッドと同じぐらいひんやりとしたアンクの肌に少し驚いて。

『まず伝えておきたいんだけど、私、貴方が普段付けているペンダントの中にいるのよね。だから貴方のペンダントを最初につけてからのことは大体知っているの』

「……………!?!?」

アンクの爆弾発言により、ベッドから思わず桃子が落ちてしまったのはしょうがない事なのかもしれない。




陽光