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桃子は、杏子と家に戻り、食事と入浴を終えた後、自分の部屋で机と向き合っていた。途中まで明日の予習を進めていたが、ふと思い立ち、鍵のペンダントを取り出す。机に取り付けられた電灯の光に反射して、ペンダントがキラリと輝く。重みさえ感じる金で出来たらしき土台。そして中央に嵌る、血を思わせるほんのりと黒を帯びた赤の石。遊戯の持つ宝箱のなかに、パズルと一緒に入っていた、もののはずだった。

遊戯の家を出る前に、双六にペンダントを見せてみた。

「これは?」

「遊戯がくれた、ペンダントです。あのパズルが入っていた箱の中に一緒にあったんです」

何故態々、ペンダントについて尋ねようと思ったのか。
脅すように話された、パズルについての噂。けれど、同じ箱に入っていたペンダントには何も語られなかったのが不思議になって。そして双六からの返事は驚くものだった。

「はて……パズル以外に入っていたものは無いはずじゃが……」

「え!?そうなんですか……?」

目を瞬かせる桃子に、双六はワシの勘違いかもしれんがな……と締めくくったものの。

「どこから来たの?貴方は……」

ペンダントに話しかける自分に思わず笑う。
しかし、間違いなくこのペンダントは遊戯が、あの箱から取り出してプレゼントしてくれたものなのだ。遊戯が嘘をついて、別で買ったペンダントを仕込んできたとは考えにくい。(今よりもっと幼い彼ではなかなか思いつかない方法だろうし、何よりそこらで手に入るような安価なペンダントには見えない)

けれど、遊戯に渡される前の宝箱の所持者であった双六が知らなかったというのもどこか引っかかる。
彼が最後に言ったように、勘違いか物忘れかもしれないのだけども。

まるで、桃子に渡されるべくして渡されたような。
遊戯があの宝箱を手にし、彼はパズルを、そして桃子にはペンダント。これが運命づけられたものであるような……。
そこまで考えた桃子は、そんなファンタジーの世界では無いのだしと首を振る。

日課であるペンダントの手入れを済ませ、湧いてきた睡眠欲に従うままにベッドの上で横になる。

「……変な夢、見ませんように……」

やがて、部屋には彼女の寝息のみが聞こえるようになった。




そこは一面の白だった。眩しいとさえ思うほどの白い一室に桃子はいた。目を凝らせば、そこは自分が見慣れた病室であることに気付く。覚えている病室よりもだいぶ白い気がするけれど。あの時はカーテンが可愛いピンク色だったし、壁もすこし黄色みがかったクリーム色だったはずだ。
と、部屋の分析をしてから、思わず首を傾げる。ここは一体何処なのだろう?自室から出た記憶なんて無い。
自分の頬に手をやり、ぐいっと捻る。

「……いたくない」

頬を抓って痛いのが現実というのなら、きっと今のこれは、ここが現実では無いことを示している。

「寝てたし、夢の世界ってやつかな」

改めて部屋を見渡す。丁度入口から入ったぐらいの場所に立っており────何故かこの部屋には扉は無いが────奥にある真っ白のカーテンがかかった窓から見える空は雲ひとつない快晴だった。そしてベッドの先が視界に入る。ベッドの全貌はもう少し近づかなければ分からないだろう。出る術もないのだからと、ベッドの方へ足を進める。

同時に、ギシギシと軋む音と衣擦れの音が部屋に響く。
音はベッドの上から聞こえる。

「ねえ、誰か、いるの?」

驚きや恐怖で声が裏返りそうになるのを堪えながら問いかける。しかし返事はなく。
どうしようと思いはするけれど、この場から出られるはずの扉は無い。立ち止まっていても、何も分からない。それぐらいなら、ベッドにいる人物に会ってみようと思い立ち一度止めた足を再び動かし始める。
あと一歩でベッドに辿り着き、そこにいる誰かを見れる、そう思った瞬間にぐにゃりと足場が崩れたような感覚に襲われ、桃子は思わずバランスを崩す。
足元を見るものの、床は依然としてそこにある。特に床が崩れるなどという奇怪な事がおきた訳ではなく、桃子が目眩を起こしたのだ。そして身を起こそうにも足はピクリとも動かず。さらに全身がまるで重い何かに押し潰されているような感覚。

『まだ早いのよ。だからもう少し眠っていてね』

優しく誰かに頭を撫でられ、必死にその誰かを一目見ようとするも、眠気か何かに従って落ちる瞼に逆らうことは出来ず、意識を手放すしかなかった。

「まっ……て……」

眠るというよりも、気絶するように意識を手放した桃子を抱えあげ、ベッドの上にそっと横にさせた女性は困ったように、だけど何か決心したような声で独り言を呟く。

『最近よく来るようになったわね……。まだ千年パズルは組み立てられていないから、迂闊に会えないのだけど。でも、恐らくあと少しで完成するのでしょうね。ふふ、それからよ。私と貴方が初めましてをするのは。……だからもうちょっと待っていてね、桃子』

彼女の首元には、桃子のものとそっくりの鍵のペンダントが輝いていた。





陽光