01

「明日朝一の飛行機で日本に帰りなさい」
「……は?」


季節は春。訳あってアメリカに移り住んでいた私は、周りの友人に勧められるがままアメリカの中でも屈指のヒーロー名門校、グレイストン高校に進学していた。

午後の実習訓練のためにクラスメイト達と更衣室へ向かう道中、校内放送で校長室に呼ばれた私は「何やらかしたの?」と冗談混じりの冷やかしを受け、それを軽くあしらいながら踵を返した。

教室棟を通り越して教員棟へと繋がる外廊下に出るとブワッと大きく風が吹いた。自分の長い髪が強風に煽られて乱れるのを抑えつつ、ふと空を見上げると雲ひとつない快晴だった。

長い廊下を通り越し、やっとの思いで校長室へ繋がる専用エレベーターに乗りこんだ。

ガラス張りになっている校長室は、ブラインドの隙間から太陽の光が強く差し込む。エレベーターから降りた途端に刺激してくる強烈な明るさに目を細め、不機嫌を隠すことなくズカズカと中に入り込んだ。
部屋の奥でコーヒーを飲みながら「遅かったな」と微笑みを浮かべる女性は"校長"と呼ぶにはあまりにも若すぎる容姿をしているが、正真正銘グレイストン高校の校長先生であり、アメリカでの人気ヒーローランキングで第3位(女性ランキングでは1位)を獲得する実力派ヒーローでもある。
すらりと背の高いそんな彼女を睨みあげると、にんまりと不気味な笑みを浮かべていた。

そして冒頭の言葉を発したのだ。


「どういうつもり?」
「こういうつもり」


革の鞄から手際よく出された封筒を渡され、中身を確認すると飛行機のチケットが入っていた。


「飛行機はこちらで予約しておいた。早急で申し訳ないが明後日から日本の高校へ通ってもらう。手続きも既に終えているよ」
「何を勝手に…!こんな急にそんなこと言われてはい分かりましたなんて答えると思った!?納得できる訳ないでしょ!せっかくこっちでの生活も安定してきたのに…!大体こんな内容のことなら家で話せばいいじゃない」


激しくまくし立てて飛行機のチケットを押し返す。校長はそれを素直に受け取り小さくため息を吐いた。


「だってあなた最近私のこと避けてたでしょ」
「そんなことは、ないと思うけど?」
「ここ1週間と少しの間、学校でも家でも顔合わせてないのにそんなことはないって?」
「そういうこともあると思うわ」
「まぁそれはそういうことにしておいてあげる」


でも、と言葉を繋げた彼女の表情は


「私に言わなければいけないことがあるんじゃない?」
「……」
「お母さん目が意識が戻ったんだってね。何で黙ってた?」


形勢逆転とはまさにこのことだ。静かにこちらを見下ろす彼女に私は何も言い返せず、素直に「すみません」と謝るしか出来なかった。


「#mn#にも思うところがあっての行動だと思うから謝ることはないけれど。私も彼女とは友達だから」


「目を覚ましたっていうのを聞いて、いてもたってもいられなかった」
「っでも、発作を起こして今はまた意識がありません」
「それでも近くにいてあげた方がいい」
「そ、それはあなたが決めることじゃない」


それもそうだ、と呟いて目を伏せる校長の表情はとても切なげだ。


「まだ母親に会うのは怖い?」


その言葉には何も反応出来なかった。


「壊れてしまったものを元の状態に戻すことは出来ないかもしれないけど、新しく作り変えることは出来ると思うよ。君次第では、よりよい形にね」


そう、この人は、アメリカで活躍するヒーローであり、私の通う学校の校長であり、ホームステイ先のホストマザーであり、母の友人でもある。
忙しい身の上、元々家に滞在する時間が短い…というよりほとんど帰ってこなかった。また、校長という立場上1人の生徒に対して深く踏み入ってくることはないと考え、高校に入ってからは今まで以上に関わり合いを避けてきた。その距離感が心地良かったのに…!


しかしもう反抗する気にもなれなかった。


「…分かりました」


やっとこさ頷いた私の頭を、校長は不器用に撫でた。乱れた髪を整えながら今後の流れについて軽く説明を受け、飛行機のチケットを今度こそ受け取る。その後、私は大人しく教室に戻った。誰もいない教室を見て、今日の午後は実習訓練だったことを思い出す。

クラスメイトとは仲が良かったが、親友と呼べるような特別な友人がいるわけでもなかった。それでもほんの少しだけ寂しさを感じ、ホワイトボードの真ん中に「ありがとう、またね」と小さく書く。その字を見ていてハッと我に返った私は机の中身をテキトーに鞄に詰め込んでそそくさと教室を出た。

家に着くと、時刻はまだ昼の2時だった。それでもこれからする準備のことを考えると憂鬱になる。今日中に終わるだろうか。いや、終わらせなければならない。「よし…!」と気合いを入れて袖をまくった。



ー翌日

朝の5時に目覚めると、いつ帰って来たのか校長、改め”蜘蛛井 巡クモイ メグル”がリビングでくつろいでいた。「さて、行くか」とスーツケースを奪った彼女は当たり前のように空港まで送ってくれる。ヒーローの本場、アメリカとは暫くさよならだ。


「いってらっしゃい」
「いって…きます…」


ぎこちない挨拶を終えて機内に入ると、何故かファーストクラスに案内されてしまいそわそわと周囲を見渡す。高校生相手に何考えてるんだ!と、心の中で巡さんを叱咤するものの彼女にこの気持ちは届かない。
片付けやら準備やらで寝不足気味だったが、こんな席に通されては逆に目が冴えてしまう。窓の外へ目をやると、見慣れた街がどんどん遠くなっていき次第に青空と白い雲しか見えなくなってしまった。日本まであと9時間。さて、どうやって時間を潰そうか…。