月夜


どれ位眠っただろうか。月は未だ出ていた。椅子に座り、月光に当たる時恵に、溜息が零れた。声を掛けるか否か。考え乍ら暫く龍太郎は時恵を眺めていた。
「そんなに、見ないで下さいませ。」
顔は向けず、美しく笑った口元だけ見えた。
「と…」
喉が張り付き、声が出ない。少し、痛かった。其れに少し寒い。龍太郎は出ている肩に布団を掛け、又、眺めた。ゆっくりと上がる煙。時恵の身体を取り巻く煙は、天女の羽衣の様に見えた。
「月下、美人。」
「え。」
「花だ。一晩、しかも短時間しか咲かない。其の芳香は強く甘い。」
そう、まるで。
「時恵みたいな花だ。」
「嬉しい。」
椅子から立ち、不安定な足取りで近付く。ゆっくり座り、時恵の方から口付けをした。
冷たい唇。
掴んだ手首も、矢張り冷たい。自分がどれ程寝ていたかは知らないが、時間の長さが判る。冷えた身体を素早く布団の中に入れ込み、後ろから抱き締めた。
「月下美人とは、少し過大し過ぎでは御座いませんか。」
髪から香る甘い匂い。鼻を付け、目を瞑った。
「過大なものか。」
「私はてっきり、蠅食い草かと。」
「蠅食い草。何だ。其れは。」
「植物のくせに虫を食べて生きる、食虫花ですわ。」
龍太郎は目を開き、少し驚いた。
水と光があれば、食べなくとも生きてゆける筈。一度、他の命を喰う味を覚えたら、其れが堪らなくなった。
まるで。
「其れは俺ではないか。」
笑う龍太郎に顔を向け、冷たい指先を頬に付けた。
「ならば。」
唇を重ね、呟いた。
「食べて下さいませ。骨の随迄。」
離れ様とした唇を、頭を押さえ、又、付けた。
甘い匂いに、誘われた。




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