同じ日に


忙しなく動く周りで、思う。朝にも思った事だが、今日は頗る天気が良い。こんな天気の良い日に、こんな部屋で、何故書類と熱い視線を交し合っているのか。
そう、龍太郎は思った。其れは井上も同じ事だった。
同じ時間に同じ事を思い、同じ様に足を向けた。
「よう。」
「奇遇だな。」

――御前に会いに行こうと思ってた。

同時に発した言葉に、二人は笑った。
「気が合うでやんの。」
「嗚呼、憎たらしい程に、な。」
井上は龍太郎の方に腕を置き、そっと囁いた。
「同じ事考えてたって事はさ。」
其の、甘い誘い。龍太郎は、鼻で笑い、顔を近付ける。
「嗚呼、こんな日は。」
そう、仕事等している気は無い。二人は笑い、止めに入る部下の言葉も聞かず、部屋から逃げ出した。
「もう。怒られても知りませんからねっ。」
窓から聞こえる声に、背中で手を振り、二人は駆け出した。
春の、此の暖かい陽気に、誘われる様に、飛ぶ。
「桜だなっ。」
「嗚呼、もう咲いてら。」
走り乍ら見る桜に、笑う。淡い花弁は、紙吹雪の様に二人を包む。其れが、心地良かった。
「あっちぃ。」
「嗚呼。暑いな。走るんじゃ無かった。」
目的の場所に着き、二人は息を切らし、しかし、笑っていた。
柔らかい風。花の匂い。
春の全てが、此の男達を誘っている。走らずには、居られなかった。
襟元を乱し、如何にも不良軍人です、といっている様な風貌で馴染みの店に入る。
心地良い鈴の音。
「こんな日はやっぱり。」
「嗚呼。」

――御姉さん。餡蜜。

声を揃えて云った。
同じ物を頼み、同じ様に紫煙を上げる。交わす会話は、何も無かった。無いのではない。
不要なだけだ。
春に誘われ、同じ事を思い、同じ物を口に入れる。其れだけ。
其れだけが、欲しかった。
「あー、怒られるな。」
「嗚呼。思ってた。」
餡蜜を口に運び、其の仄かな甘さに、舌を蕩かせる。
「俺、上司向いてないかも。」
「だったら、俺もだな。」
「なーに云ってんの。龍太郎様が云うなら俺は如何なる。」
「御前が向いてないなら、俺には更にな。」

――こんなに良い男が出来ねーんだから。

等々二人は吹き出した。
「御前、俺見たら、其れだな。もっちと無いのか。」
「そっくり其の侭返すよ。」
「何か、楽しいな。うん。」
其の言葉に、龍太郎は、本当に嬉しそうに笑った。
食べ終わり、スプーンを置く。硝子と発する音は、其れはもう、良い音だった。
「さて、食べ終わりました。次は何をしましょう。井上中尉。」
「戻るのも嫌だしな。だったら。」

――花見だな。

矢張り、同じ考え。
伝票を持ち、同時に腰を上げた。
何時もの、桜の咲いている、誰も居ない場所。云わなくとも二人の足は、其方に向いていた。
見える満開の桜。良い身頃だ。
適当な場所に座り、見上げる。其の、まるで、母の様な桜の木に、二人は言葉無く見とれていた。其れから、どれ位の時間だ経っただろうか。出た時には高く登り、熱を出していた太陽は、何時の間には、沈んでいた。茜色が、桜を染めていた。
「夕方だな。」
「嗚呼。」

――面倒臭いな。

矢張り、同じ事を思う。
戻り、部下から文句を云われるのを考えただけで、此の桜が、陳腐に見えた。
「夜桜。」
「嗚呼、好きだ。」
「奇遇だな。」
井上は腰を上げ、龍太郎の肩を叩いた。
「御前には、帰る場所があるだろう。夜桜は、又今度な。」
帰る場所。
龍太郎は笑った。
「御前にも、あるだろう。」
「ねぇよ。」
「此処。」
龍太郎は自分の胸を叩き、笑う。ざあっと、風が抜け、井上の髪と花弁が舞った。どんな顔をしているか判らないが、井上の口元は確かに、昔の様に、笑っていた。
「ふへ。気持ち悪ぃ。」
其の独特な笑い。龍太郎は、笑った。
「帰るか。」
「嗚呼。」
そんな男達に、大きな桜の木が、嬉しそうに、花弁を舞わした。
又いらっしゃい、そう、云っているかの様に。




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