大いなる野心家の最期
――反戦者の閣下が首相の座から下りれば、陸軍に権力が移ったのも同然だ。
其の昔、軍事国家に日本を仕立て上げると云って居た元帥の言葉を思い出した。
――戦争が何たるかも判らん、貴族議員風情が。
雷は煩く存在を教えて居るのに、俺には元帥の言葉しか頭に反響して居なかった。
――強力な軍事力があっても、完璧な統率力が無ければ意味は無い。
――完璧な統率力、支配力、軍事力、此れ等が揃っていなければ戦勝は不可能。
――幾ら武力があろうが、統率出来無ければ、忽ち日本は無法地帯と化す。
――其れには詰まり、軍に絶対な力が必要となる。
「故に、軍事国家で無ければ為らない…」
其の為には、反戦者側の父さんが居なくなる他無かった。
中国と戦争を始めると云うのに、未だ準備が出来て居ない。元帥の思想を形にするには、正直父さんは邪魔だ。
在の巨大な存在は、此の国にも、今の俺にも必要無い。
要るのは、強力な軍事力。
死んだ其の時、俺は君臨する。何にも怯える事は無く、元帥としての権力を振り翳せる。
東洋最強の名を、世界に轟ろかせる事が出来る。
「世界の一番になるべきは帝。そして我が大日本帝國。君臨した其の時、指を咥えて其の高貴なる御前を拝謁するが良い…」
大日本帝國万歳。
天皇陛下万歳。
頭の中で繰り返される言葉。
けれど俺は、違うんだ。元帥の言い分は正しい、間違って等居ない。其れは確かなのだが…。
真黒い窓の外は、夜中の暗さを蓄え、俺を飲み込もうとしている。珈琲に映る自分の目、何処も彼処も真黒だった。
剥製の頭を撫で、笑い掛けた。雷が庭の大木に直撃し、其れは凄い光で、目が眩んだ。
「元帥。」
「何だ。」
「閣下、只今御亡くなりになりました。」
大佐の報告に撫でていた手が止まり、下から槍で突かれた様に椅子から立ち上がった。
時は来た。
「政府機能を停止させる。中将、宜しく頼むよ。」
「御意。」
俺の手となり足となれ。
此の国に君臨するのは、父さんでは無く、此の俺。
国家最大権力者、其れにどれ程思い憧れたか。
「万歳されるべき人間は、俺だ。」
其の一言の為に、元帥を引き摺り下ろした。此の一言の為に、随分な時間を使った。
元帥が、在の時軍事国家の事を云わなければ、俺は元帥の椅子を掴もうとしなかった。欠伸をし乍ら軍人をして居た。
俺は、俺の力で人の上に居たい。父さんの絶対的な力は俺に力をくれるが、同時に、疎ましくもあった。所詮は、七光りであるから。
――軍事国家になったら、誰が一番偉いの?
――陸軍元帥に決まってるんだろう。
――じゃあ、首相は…?
――陸軍元帥が首相だ。だから軍事国家になるんだろうが。頭悪いな…、木島…
思い出す会話に口角が吊り上がる。
――全て軍人の思う侭だぞ。屹度楽しいだろうな。
外は真黒であるのに、心は晴れ、今の今迄堂々と其処に据えて居た燻る大木は、丸で、父さん其の物に思えた。
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