葬列
時恵の言葉に、龍太郎は静かに微笑んだ。今にも泣きそうな時恵の頭を胸に寄せ、撫でた。
「葬儀の時は、傍に居てやれなかったから。泣いて良いぞ。」
時恵の高くなる体温を知り、嗚咽を漏らし震える身体を、強く抱き締めた。
「龍太郎様だけは、私の傍に居て下さいませ。」
「嗚呼。勿論だ。誰が御前を一人に等するものか。」
「約束ですわよ。」
「俺に二言は無い。時恵も、俺の傍に居ろ。約束だ。」
涙を止めた顔を上げ、笑う時恵に、龍太郎は小さく唇を重ねた。そうして、照れて俯く時恵。
「不謹慎、かしら。」
「そう、かもな。」
遺骨を見、笑う龍太郎。
「そうでなくて。」
「ん。」
躊躇い、そうして龍太郎の身体を強く抱き締めた。
「愛して、下さいませ。」
細い声に、心臓が鳴った。初七日さえも来ていないのに駄目だろうと思う反面。本能は理性や道徳を容易く飲み込む。
「嗚呼。埋め込んでやる。俺の愛を。」
深く口を重ね、其の侭抱え、寝室に向かった。
其の時だ。
来客を告げるベルが響いた。龍太郎は舌打ちし、時恵は赤面した。
「父上の馬鹿。」
「一周忌、いや、四十九日迄は、許して貰えそうに無い。」
息を吐き、ベッドから降りた。そうして、原因を突き止めるべく、ドアーを開けた。
「よう、御二人さん。」
其の顔に、龍太郎は力を抜いた。
「悪魔の申し子、降臨。」
「え。何の事よ。」
龍太郎の服の乱れから物事が判っている筈なのに、やって来た拓也は口元に厭らしい笑みを浮かべている。
「初七日も来てねぇってのに、やーらしーなー龍太郎様は。っと、邪魔するよ。」
勝手に上がりこむ拓也に龍太郎は呆気に取られ、息を吐いた。
手に持った一升瓶。其れに龍太郎は項垂れた。
「乱痴気騒ぎでも起こす気か。」
「何だって。誰も御前に持って来たんじゃねぇよ。御嬢さん、グラス二個良いかい。」
そうして向かった居間。木島の遺骨と写真に拓也は一礼した。
「先生、出来れば御存命の時に、もう一度御会いしたかった。」
長い髪が、ふわりと揺れた。
置かれたグラス。写真の前に置き、そうして自分も持ち、並々と酒を注いだ。
「きっと旨いですよ。先生の生地の酒です。」
かつりと鳴らし、一気に酒を流し込んだ。
其の光景に、かっと時恵の目が熱くなり、嗚咽を漏らしながら、座り込んだ。
此れが、普通なんだ。木島が死んで、一体誰が好物の酒を思い出しただろうか。家族の誰も思い出さず、きっと喉が渇いていた筈。其れなのに、誰もくれない。自分達の事ばかりで、誰一人、木島の事を考えていなかった。涙を流すなら、酒の一つでも掛けてやれば良かった。
そう思い、時恵は嗚咽を漏らした。
「え。俺の所為。」
「御前の所為だ。」
「邪魔して悪かったよ。帰るから。な。泣き止んでくれよ。」
時恵は首を振り、うろたえる其の首に腕を回し、抱き締めた。
「お。おおっ。」
驚きで声が裏返る。龍太郎の恐ろしい威圧が圧し掛かる。
「おおっ、待て。俺は。待て。」
「離れろ。」
「いや、離れたいのは山々なんだけど。待て、刀を出すな。」
「黙れ。娼婦では飽き足らず、等々俺の妻に迄手を出し始めたか。汚い男だ。」
「おおっ。どう見ても俺は出してねぇだろう。」
ぎゅっと拓也の身体を抱き締め、其の長い髪に手を通した。木島も昔は、髪が長かったなと思い出す。
「有難う。大好きよ。拓也さん。」
鼻声に顔が熱くなり、しかし、龍太郎の形相に冷めた。
漸く冷静な思考を取り戻した拓也は、龍太郎に手を向け、薄く笑った。
「悪い。後で殴って良いから。」
そう云って、時恵の身体を強く抱き締めた。龍太郎とは又違う力強さに息を飲む時恵。
酒と煙草の混ざる、懐かしい感覚。例えば、昔、木島に抱き締められた様な。
「先生が恋しいかい。」
「ええ。懐かしいわ。まるで父に抱かれている様。」
「そうかい。」
「其れに此の目。昔見た事あるわ。未だ母上が生きている頃に。女の方だけれど。」
どくんと、拓也の心臓が鳴った。聞いた訳でもないのに、何故か其れは確信があった。時恵が会ったという、自分の目に似た女。
「其の女は、もう少し色素が薄くて、御嬢さんみたいに癖掛かってなかったか。」
時恵の目が見開く。
「え、ええ。そうよ。とても優しい顔をした、菩薩の様な方。嗚呼、笑った顔が、とても似ている。」
龍太郎は息を飲んだ。まさか、まさかこんな事がある訳無い。全く接点の無い二人が、全く同じ人間を指している。何かの因果関係としか思えない。若しくは、木島の思いか。
そうか。
拓也が行き成り現れ、木島と直接的接点も無いのに酒を酌み交わした。其れの意味する物。
「先生。貴方という方は。」
其の事実に座り込み、空のグラスに酒を注ぎ、流し込んだ。
「菩薩の様な方、か。」
思い出し、薄く笑う。
「確かに、そうだったな。御前の、愛しい女は。」
「井上様。」
時恵の声に、拓也は笑った。
「御嬢さんが会ったのは、俺の姉さん。そして、恋人。」
時恵の顔が緩む。
「嗚呼、だからそんなに似てらっしゃるのね。人を思って下さる、其の御優しい心も。全く同じ。素敵な方。」
其の言葉に目頭が熱くなり、其れを隠す様に、酒を流し込んだ。
時恵の離れた身体を、今度は龍太郎が引き寄せた。
「全く御前という男は。何という良い男だ。」
「なぁに、もう酔ってんの。下戸の癖に飲むからだよ。」
「悪いな。未だ酔ってはいない。」
「でしたら。」
木島の写真を持ち、時恵は微笑んだ。
「酔い潰れません事。」
二人は笑い、グラスを鳴らした。
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