子供


此の子が生まれる時、彼は傍に居てくれるだろうか。忙しい彼の事だから、屹度其れは無いでしょうねと臨月を迎えた雪子は息を吐いた。
今は専ら、和臣の母である夫人の所に居る。本来和臣とするであろう会話も、夫人とする。
男だろうか、女だろうか。きつくは無いか、異変は無いか。
雪子の腹を触り、動く其処に、笑みを向けた。
「嗚呼、早く生まれておいで。あたしの可愛い子。」
溜息混じりに吐く夫人に雪子は釣られて顔を綻ばせる。
可愛い子供の和臣、其れの子供はもっと可愛い、らしい。和臣と云い宗一と云い、何だかんだで夫人は母性本能が強い。
「出来れば沢山生んでくれ。あたしは、大家族になりたかったんだ。」
そうして叶わなかった夢を語る。
木島の愛人にならなければ、子供は沢山居たに違いない。そう雪子は思い、笑顔ではいと答えた。
「沢山産みます。煩い程沢山。」
「そうかい、有難う。」
出来た嫁だと、夫人は雪子の頭を頬に寄せた。
雪子は此れで良かった。子供を産むだけで誰かが笑ってくれるのなら、例え夫が他人の様に変貌しても。
勢い良く開くドアー。開いた瞬間使用人達の空気が変わり、聞かなくとも誰か判る。夫人は今迄の和やかな空気を惜しむ様にげんなりし、和臣もやっぱり在の男の子供、あたしの至福をぶち壊すと雪子から離れた。
「御帰り為さい。」
微笑む雪子に、和臣は一瞥しただけで、何も云わず、部屋に入った。其れに夫人は溜息を吐き、しょ気る雪子を慰めた。
「御免な。あんな息子で。」
「いいえ。初めて会った時から、ああでしたから。」
判ってはいるが、寂しさは拭えない。そうして、此の侭いけば、雪子も確実に自分と同じ道を辿る事になると、夫人は表情を固くした。
其れだけは、許せなかった。
こんな思いをするのは、自分や、宗一の母だけで充分だ。
夫人は立ち上がると、険しい顔の侭和臣の部屋に向かった。雪子は不安になり、声を掛けたかったが、其れは出来なかった。
幾ら和臣が木島の子とは云え、其の恐ろしさは、木島だけの物では無い。夫人の冷徹さも又、和臣の其れなのだ。
「和臣。入るよ。」
ノックし、返事は無かったがドアーを開く。ベッドに横たわり、疲労を見せる顔を腕で隠している和臣。其の腕を剥がし、顔を覗き込む。
「邪魔しないでよ。」
疲労を盛大に見せる溜息を零し、背中を向けた。
「ほう。母が邪魔か。」
「そんな事云ってないでしょう。」
のっそりと上体を起こし、夫人の顔を見た。
「何か用。」
「寝てる暇があんなら、雪子ちゃんの相手でもしてやんな。」
「疲れてるんだよ。」
深く息を吐き乍ら云う和臣に、夫人は舌打ちをした。
男は何時でも、疲れているの一言で、女に関わらない。そうして気紛れに相手をする。
「あのな。何も出掛けろとか、何かをしろとは云っていない。唯傍に居て、手位握ってやれ。寝てても出来るだろう。」
頭を叩き、動く様促す。会話が無くても、其れだけの事で、どれ程気が休まるか。男には判らない。妊娠している時には尚更。
「ほら、立つ。」
「はいはい。」
面倒臭そうに腰を上げ、部屋を出る。
思い出す。
こうして何度、木島の尻を叩き、宗一の母の傍に置いた事か。
「親が親なら、子も子だな。」
夫人は笑い、出掛けに行った。




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