結び目


季節が変わった。
桜の咲いていた時期は過ぎ、そうして、鬱々と雨を降らした雲も消え、気付けば青々と生命感溢れる季節、夏になった。
毎年の事乍ら、蝉の声に悩まされ、暑さを凌ぐ術を見出す。
甘い蜜の掛かる氷を楽しみ、冷たい水の中に足を沈め、扇子で生温い風を送る。嗚呼、夏だなと感じる。
蝉の声と風鈴の音を子守唄に、龍太郎はうつらううらと、夢と現実を彷徨う。其れが、至極心地好い。氷の溶けた甘い水を捨て、時恵はそっと笑う。此の水も、蟻達の何か糧になるだろう。
赤ん坊の泣き声。其れに龍太郎は目を覚まし、辺りを見渡した。
「御目覚めですか?」
「嗚呼。赤子の声が、聞こえた様なんだが。」
「雪子さんが、いらしてるんですのよ。」
赤ん坊の声を煩わしそうに時恵は首を向け、そうかと納得した龍太郎は水の入った盥から足を出した。其の濡れた足を時恵が拭き、水気が無い事を確認すると中に入った。そうして、氷の溶けた、矢張り此れも温い水を、庭の木々に流し、時恵も中に入った。
居間に行くと、雪子が生後間もない子を抱いていた。暑さか何かでか泣いている。
「御免為さい。起きてしまいましたか?」
「いいえ、目が覚めただけです。」
笑い、雪子の横に座る。
「男子の様で。」
「ええ。最初に男子が生まれる等、喜ばしい事です。」
頬を触る龍太郎の目に、父親を重ねたのか、赤ん坊は泣き止み、嘘の様に声を出し笑った。
「嗚呼、可愛い。」
そう笑う龍太郎。
「子供は、御好きで。」
「さあ。如何でしょう。良く判りません。」
在の木島から、良くこんな愛らしいものが生まれたなと感心し、其れ故、可愛いと云っただけの事。特別子供が好きという訳でも無く興味無いが、時恵みたく嫌悪はしていない。
「時恵は嫌いの様ですが。」
云って時恵を見る。矢張り、関わらない様に遠くに座り、背を向け茶を飲んでいた。
「赤子の泣き声より、蝉の声の方が、幾分ましですわ。」
背を向けた侭毒付き、其れに二人は笑った。
「なのに来てしまって、済みません。」
本当に悪いと思っているのか、其の声はやたら明るい。
「構いませんのよ。ワタクシも、暇ですので。其れに。」
立ち上がり、雪子を見る。
「ワタクシには、友達といえる友達も居りませんもの。」
其の言葉に、龍太郎は胸を痛めた。
夫婦になって数年経つが、時恵の友人とやらを見た事が無い。何時も一緒に居るのは、弟の時一だけだった。
其れが今では居ない。寂しいのだろう。だから、嫌いな子供を抱いている雪子とも、交友を深めているのだろう。
其れが、最近判り始めた。
龍太郎自身、長年連れ添った親友の渡英は、寂しさを呼ぶ。友人が居ない事が、こんなに寂しいとは思わなかった。其れを、痛感している。
「時恵も、友達を作れば良い。」
「あら。雪子さんは、そうですわよ。」
「そうですとも。」
女二人の楽しそうな笑い声に、龍太郎は、何とも云えない気持になった。
「後一人増えれば、姦しいな。」
「まあ。ワタクシは煩く御座いませんわよ。」
「御淑やかですよ。」
此れが姦しいのだと、龍太郎は口をへの字に曲げ、息を吐いた。




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