御迎え


何ヶ月振りだろうか。何を思って親友が送って来たかは判らないが、送られて来た服に袖を通した。制服や洋服とは違い、襟の皺を伸ばす様に触れば、気持が引き締まった。
「嗚呼、美しい…」
袴は性に合わないが、溜息混じりに漏らしたヘンリーの言葉に目を瞑ろう。
美しい等、今迄生きて来て果たして云われた事があるだろうか。全く無縁の似つかわしく無い言葉、送った本人には似合いであろう。
「此れぞジャパニーズビューティーっ、最高っ。Ba-n-za-i!Thanks, GOD!」
しっとりと感心して居たヘンリーだったが、大きく震え上がると無断でストロボを焚き始めた。
前後撤回。
袴はやっぱり嫌だ。
「samurai samurai!イカスよミスターっ」
侍等、そんな武士道持ち合わせて居ない。興奮するヘンリーに、何時もの上品な紳士言葉は如何したんだと云いたいが、聴く耳は持って貰えそうに無い。侍侍と、歓喜して居る。
「引き伸ばして家に飾ろうっ」
「其れは止めて呉れ。日本の恥だ…」
溜息を吐き、箱から一升瓶を取り出した。受け取った時重いとは思っていたが、まさかこんな素敵な可愛い子ちゃんが入っている等、想像出来ただろうか。
「ミスター、其れは何ですか?」
「ふへ、俺の恋人。」
瓶にキスをし、にたにたと笑う。傍から見れば不気味と承知して居るが、此れだけは止められない。
酒と女は俺の生き甲斐、此れぞ、俺道。
蓋を開け、其の蓋に付いた移り香を肺の奥深くに押し込んだ。鼻から抜けた甘い匂いは容易く頭を占領し、其れは瞬く間に眩暈と云う天国の門を見せて呉れた。
「最高な代物だ…。米、甘さ、どれを取っても素晴らしく香る。何て上品な匂いだ…」
蓋から垂れた雫を指に付け、舐める。御覧、天国だ。
舌に広がる極上の甘さ、鼻を満たす芳香、例えるなら全てを包み込んで呉れる女。其れもかなり育ちの良い、高嶺の花。
「米と水が良いんだな。とすると、雪国の代物か。」
矢張り。ラベルを見て、笑う。
「新潟産。此奴は極上だ、滅多の事じゃ、御目に掛かれない。ようこそ、俺の元に。」
蓋をし、もう一本の瓶に手を掛ける。
そうして、同じ様に肺に入れた。甘さを全く感じない強さ。刺激が強い。痺れる様な辛さに身体が震える。じゃじゃ馬の様な女、一番好きなタイプだ。
舌先から一気に電流の様に脳天を突き破る辛さ、強烈な芳香は鼻にしつこく残った。
「ガツンと来る。此の辛さからして、九州。薩摩か?いや、筑前かも知れん。」
ラベルを見、舌打ちをした。
「俺とした事が。火の国か。憎たらしい奴だ。」
中々に良い女だ。
未だ入っているかと覗いたが、此の感じでは此れ二本だろう。
片そうと解体を始めた時、新聞紙に包まれた塊を見付けた。嫌に固く、他の塊の様にクッションではなかった。
新聞紙を広げ、出て来たのは酒器。序でに枡も入っていた。
枡の滑らかさを指先に教え、鼻に寄せた。
「良い匂いだな、酒が進む。」
酒の甘さと枡の匂いが混ざる其の芳香を思い出しただけで涎が溢れた。
真四角のコップが面白いのか、ヘンリーは枡を手にし、匂いを嗅ぎ笑った。
「面白い匂いですね。」
「酒の匂いが染み込んだ奴は、もっと最高だぜ。」
「日本酒って、面白い匂いですね。」
蓋を開け、交互に嗅いでは笑う。何がそんなに面白いのかは知らないが、ヘンリーは笑って居た。ひょっとすると、酔ったのかも知れない。
そんなヘンリーを尻目に酒器を手にした。
「此れは、備前か。…ん?」
色具合、手触り、馴染み方。此の備前焼には覚えがあった。まさかと思い、底を見た。
「やっぱり。俺のじゃねぇかよっ、不法侵入っ。又勝手に入りやがったなっ」
然し、何かだ違う。自分のではあるが、微妙に異なっている。持って回した時の此の違和感。
「俺のだよな…?」
今度は中を覗いた。そうして、唇を噛み締めた。
間違える筈だ。何せ、此の酒器は、此の世に二つかない。自分のでないとすると。
「いらっしゃい、姉さん。長旅、御疲れ様。」
親友の心遣いに、目頭が熱くなる。
鼻を啜り、中を全て出すと、敷物の下から手紙が出て来た。懐かしい、性格を伺える奇麗な文字。
手紙にはたった一言、こう書いてあった。


一人では、寂しかろう。


真白な紙に、其の言葉は良く映えた。
喉の奥が焼ける様に熱く為り、此処に来てずっと我慢し堪えていた物が、一気に溢れ出した。手紙と酒器を握り締め、嗚咽を漏らした。
「馬鹿野郎…、恰好良い事、してんじゃねぇよ…。龍太郎様よ……」
憎たらしい畜生が。
鼻を啜った時、酒器に描かれている花の所為か、梔子の芳香が身体を包んだ。




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