小さな女王陛下に御挨拶
暇潰しにと、ハロルドは拓也を孤児院に連れて行った。拓也を連れた意図は良く判らないが、ハロルドに用事がある。一人よりも二人の方が楽しいから、とも云う。
森の中にある大きな純白の教会。緑と白の色彩は、散りゆく桜を思わせた。
「シスター。」
ハロルドの声にシスターは振り向き、そっと微笑んだ。柔らかい笑みで、木漏れ日の様であり、此処には似合う笑顔である。
「ハロルドさん。御元気そうで何より。」
「シスターも。」
云って頬にキスを交わす。揺れるベール。
居るだけで癒される場所がある。奇麗なものは一層奇麗に、汚いものは見せられる美しさに一層汚さを自覚させられる。自分には似つかわしくない場所と息を吐いた拓也に、シスターは微笑んだ。
「ハロルドさん、此方の方は。」
「此方は、井上さん。」
「御機嫌よう、ミスター。ようこそ我が院に。」
手を差し出され、そっと握った。
汚れた手に触れる汚れを知らない手。不純物が聖水に当たると焼けると聞くが、拓也はそんな気分だった。
じっとりとした熱さ、そっと離した。
「井上です。」
「日本の方で…?」
「はい。良く判りましたね。良くチャイニーズに間違えられるんですよ。髪の長い東洋人は中国人しか居ないって。」
「ラストネームが長い東洋人はジャパニーズだけですもの。御名前を聞けば直ぐに判りますわ。」
くすくすと笑うシスターに拓也も釣られた。
「髪と云えば。」
風に靡く拓也の髪をシスターは触った。
「ミスターの髪、奇麗ですわね。はっと目に止まりますわ。うちにも何人か黒髪は居りますが、ミスターの様に美しくはありませんもの。心が、美しいんですのね。」
突き刺さる言葉。
美しければどれ程良いか…。
隠す様に拓也は笑った。
「そんなに、褒められる様な人間ではありませんよ。」
「御謙遜をミスター。」
其の言葉にハロルドは笑った。
「謙遜する辺り、ミスターは矢張り日本人の様だ。」
「勿論。中国人じゃないぜ?」
「ふふ。」
其れが面白く、三人は笑った。
小鳥の囀り、木々の生み出す葉音、森の匂い、時折聞こえる子供の声…。天国に近い場所を、全身で実感した。若しかすると此処はそうなのかも知れない。
三人の話し声に誘われたのか子供達が現れ、二人は瞬く間に囲まれた。
「ヘンリー。来て呉れたんだ。」
「約束したでしょう?」
「良い子にしてたよ。」
「よし、そうか。じゃあ、御褒美だね。」
褒美を強請る幼女を抱き上げ、頬に力一杯キスをする。女は何時でもキスを強請る生き物なのだ。
笑顔の二人を暫く観察して居た拓也は、感じたシスターの視線に向いた。
「何か。」
「いいえ。子供は御好きかなと思いまして。」
強い風が吹き、髪が井上の顔を隠す。
「ええ、大好きですよ。俺にも一人子供が居ました。生きていれば、そうだな、十歳位では無いでしょうか。」
髪で隠れて良くは見えないが、其の声色は寂しさを感じさせた。
「まあ。其れは、とても深い悲しみを。」
「此の手に抱く事さえ出来なかった。男なのか、女なのかも。其れさえも判らないで、消えてしまった。命とは、脆いですね。」
現れた笑顔。何て悲しい笑顔を何だろう。まるで、此処に来たばかりの子供の様。シスターはそう思った。
「ミスター、子供も居たんですか?」
子供に群がられ、良い様に遊ばれるハロルド。長い髪は子供達の格好の餌食、四方に引かれ、悲鳴を上げて居る。サバンナで良くこんな光景があるなと拓也は笑った。
「真ん中なら抜けたら、河童だな。」
「カッ…?え?何です?痛いっ、本当に痛いっ」
「河童って云うのは、日本に居る悪戯小僧を懲らしめる、水辺に住む妖怪。そう例えば、こんな風に水中に引き摺り込むんだ。」
云って井上はハロルドにしがみ付き、髪を引っ張っていた子供を無理矢理引き摺り下ろした。
響き渡る悲鳴。ハロルドに群がって居た子供達は河童の次の餌食に為らない様、蜘蛛の子蹴散らす様に離れた。
「食われる…っ」
「嗚呼そうさっ、河童は怖いんだっ、悪さ坊主はこうなるんだっ」
「殺されるっ」
「骨の髄迄食ってやるよ。」
「シスターっ、ヘンリーっ、助けてっ」
身体を足で挟み、逃げれない体制で身体を擽られ始めた子供は、絶叫を繰り返した。
柔らかい身体、高い体温、俺は生きてるんだと全身で表す子供。大人には無い純粋さと生。其れを拓也は全身で感じた。
「ヘンリーが河童に為ったら如何するんだよ。」
「笑い死ぬ…っ、もうしませんっ」
「良い子だ。」
其の言葉を聞き、拓也は解放した。開放した筈なのに、身体に感触が残るのか、笑いは収まらず地面の上で痙攣して居た。
「大丈夫?」
「河童、怖い…」
「怖いね。」
怖い怖いと子供達は拓也を見上げた。
「ふむ。」
感心した様なシスターの声。
「ミスターの叱り方、良いですね。スキンシップと教育を一度にして。私も此れからこうして叱ろうかな。」
云ったシスターに子供達全員から声を揃えて拒否された。
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