小さな女王陛下に御挨拶
外で遊んで居る子供達を後に、三人は中に入った。此処に居る子供皆が、外で活気良く遊ぶ訳では無い。自分の殻に閉じ篭り部屋から出ない子供、内向的な性格で本を読んだり飯事をしたりする子供、絵を描く子供、奇声を発し乍ら自分の世界で生きる子供。
此処には、多種多様な子供が居る。
勿論、此処に来た理由も。
貧困で育てられないからと泣く泣く渡された子供、名前も付けず申し訳程度のタオルで包まれた侭門先に置かれた子供、虐待を受けた子供、身寄りが無い子供。
其れ等二十人程の子供達を、シスター一人で面倒を見ている。其れは大変な苦労だ。
其れを知ったハロルドは、同性愛者の自分には子供が出来ないからという理由で、援助している。
金は勿論、食料や衣類、玩具や日用品に至る迄、援助出来る事は全てしている。
中でもハロルドが気に入っているのはマシューという男の子だ。愛称はマット、ハロルドと同じブロンドで目の色も似て居る。気持が通じ合っているからか、何処となく顔も似て居た。
何でも、マシューの抱えている問題が片付けば、養子として正式に引き取ると云う。恋人との、子供として。
「俺の息子は今日も良い子かな?」
「勿論だよ、ダディ。」
「そう、じゃあハグだね。」
二人の中では既に親子らしい。シスターも、何れ近い内にそうなるのだからと、気に止めていない。
駆け寄ったマシューを抱き上げ、キスをした。
「何してた?」
「ヴィッキーと遊んでた。」
「ヴィッキー?」
聞き慣れない名前にハロルドは首を傾げた。
「一ヶ月程前に来たんですの。余り、喜ばしい事ではありませんが。」
伏し目でドアーを開け、一人の少女が目に入った。
ちょこんと椅子に座り、人形が置かれて居るのかとハロルドは錯覚した。
其の少女に拓也は息を呑んだ。
身体に電流が走った。
ブロンドと迄はいかないがとても美しい髪色をし、其の長い髪は癖掛かり人形の様だった。なのに其の愛らしさを一瞬で消す光景が少女の前にはあった。
大きな机一杯に、絵とは到底呼ぶ事の出来無い塗り潰された紙が広がって居た。
「ヴィクトリアです。」
本人に聞こえない様に耳打ち、一層小さな声を出したした。マシューにも聞こえない様に腕から下ろしたハロルドは少し下がった。
「路上に放置されて居たんですの。」
「何て惨い事を。」
愛らしい其の顔。大きな目。然し表情は何処にも無く、手に持っている赤色のクレヨンで、只管紙面をぐちゃぐちゃにしていた。
「○○地区の、在の路上。」
「何だってっ?」
シスターの云った地区に、ハロルドの顔が強張った。其の地区は治安が悪く、売春婦や薬物と人間の売人の巣窟と化して居る。幼い乍らも持つ美貌と雰囲気は大方娼婦の子供だろう。
「邪魔になって捨てたか、惨い事を。」
「調べた所、未だ何も知らない侭でした。幸いです。」
「其れは良かった。」
二人の話を聞いて居た拓也は、益々何か判らない感情に支配された。
「ミスター?」
心配無いと手だけ上げ、其のヴィクトリアと呼ばれた少女に近付き、膝を屈した。
「やあ、今日は。御絵描きかい?」
無言で手を止めるヴィクトリア。
「ミスター?あの…」
ハロルドの言葉を止める様に、シスターが腕を伸ばした。
「大人に対して反応を示したのは、ミスターが初めてです。」
もう少し見て於こうと、二人は黙った。
「上手だな。赤が好きなのか?」
無言。然し紙面だけを見ていたヴィクトリアの視線が動き、拓也をはっきりと捉えた。
黒い瞳。
拓也は言葉を無くした。自分と同じ様な目が、今此処にある。髪の色合いからして、灰色若しくは茶色を想像していた。
深く黒い、何の感情も無いヴィクトリアの眼。
「…黒。」
ヴィクトリアの口から出た言葉にシスターは口を押さえ、引く様に腰を落とした。
「嘘…、まさかそんな…」
“黒”と色を云っただけで何故此処迄シスターが驚きを見せるのか。疑問持つハロルドに、ヴィクトリアを見て居たマシューが云った。
「シスター。ヴィッキー、今、喋った…?」
「喋った?マット、如何云う意味?」
ハロルドを見上げ、マシューは首を傾げた。
「ヴィッキー、喋れないんだよ。」
引き渡しを受けた医者からの診断は、心理的外傷による失語症。最悪の場合、此の先一生言葉を口にする事は無い。
治す方法は、絶無。
そう確かに云われたと、シスターはハロルドに向いた。
「ん?黒?取ろうか?」
クレヨンに手を伸ばす拓也の手をヴィクトリアは掴み、自分の目に遣った。同じ目だと云いたいのだろうと拓也は思い、「同じだな」と云うと、人形の首が落ちる様にかくんと頷いた。
「首、落ちるぜ。」
支えた頭から判る其の髪の柔らかさ。
「柔らかいなぁ…」
大きな目がぐるりと動き、見開いた侭自分を捉えるヴィクトリアの目に戦慄を覚えた。
「でっかい目だな…、落ちるぜ、何時か…。嗚呼、だから頭重たいのか?」
頭が重たいのは目が大き過ぎるからに違いないと冗談噛ます拓也にハロルドは笑った。
「要らない…」
「だよなあ、でか過ぎるぜ…。俺の五倍はあるんじゃねえの?」
其処で拓也は、龍太郎とした会話を思い出した。
時恵の目は俺達の十倍あるんじゃないのか、顔の半分が目、なのに世間は全く見えてないな、そんな会話である。
ヴィクトリアの目も、そんな感じであった。
大きいのに、何も見えない目。
「こんな目、要らない…」
要らないと、行き成りヴィクトリアは拓也を突き放し、あろう事か緑色のクレヨンを目に刺そうとした。
「ヴィクトリア…っ」
緑の目をした母親は散々其の目を罵った。悪魔の目だと、罵倒した。事情は知るが悲鳴を上げるだけで如何する事も出来無いシスターは目を塞ぎ、ハロルドも思わず目を塞いだ。
「一寸待ってよ。」
拓也がヴィクトリアの腕を掴むのと同時に、マシューは声を掛けた。
「ヴィッキー、本当にするの?」
掴んだ腕を引き寄せ、抱き締めた。頭を撫で乍らキスを繰り返し、クレヨンを手から取った。
「全くだぜ…、こんな奇麗な目、緑なんかにするなよ…。勿体ねぇ…」
奇麗、と云われたヴィクトリアは強張った顔で拓也を見上げ、首を振り続けた。
「俺、ヴィッキーの目、大好きだよ。其の人が云う様にさ、凄く奇麗。緑が良いならさ、俺と交換してよ…」
マシューも又、自分の目が嫌いだった。唯最近は、ハロルドと同じである為少しづつだが好きに為って居た。
「ヴィクトリア、だっけ?」
頷いたヴィクトリアに拓也は笑い掛け、最初ヴィクトリアがした様に自分の目に触れた。
「俺も黒、御前も黒。同じだろう?俺の目は奇麗じゃねえけど、御前の目は凄く奇麗だ。知ってるか?世界で一番奇麗な色は何にも染まらない黒なんだぜ。御前の目は世界で一番奇麗だ、誰よりもな。」
「黒…」
「御揃いだぜ。」
涙を流せない人間に心は無い。拓也は其れを知って居る。
「泣くなよ。」
「奇麗って…初めて云われた…。ママは嫌いって、汚いって…。だからずっと汚いって信じてた…っ」
「嗚呼屹度其のママは在れだぜ、嫉妬してたんだ。」
そっと下瞼に触れた。ぷっくりと膨れていて、其れも可愛いかった。ふにふにと下瞼で遊ばれる擽ったさにヴィクトリアは口角を上げた。其れに気付いたマシューは思い切り両方を引っ張った。驚きと痛みでヴィクトリアは声を上げて泣き出し、マシューは困惑した。笑顔にして遣ろうと口角上げの手伝いをしたのだが、泣かせてしまった。
「如何仕様…」
「何がしたいんだよ、御前…」
「笑顔にしたい。」
マシューはそう云うが、中々笑っては呉れそうに無い。
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