然様なら、初めまして


こうして、気が向いた時、彼は私を抱く。愛は、ある筈なのに、虚しさの方が強いのは、何故だろう。
寝息を立てる彼の髪を触り、ベッドから抜け出し、家を出た。此の暗い中、何処に行く当ても無いけれど、夜風に身を委ねたかった。
ドアーの前に座り、人の居ない通りを見た。其処に一台の車がエンジン音を響かせ現れた。多分、見回りだろう。其の車は、私の前で止まり、声を掛けられた。
「やあ御嬢さん、一人かい?」
小意気で皮肉な言葉に鼻で笑う。
「な訳無いでしょう。彼は今寝てるよ。」
言葉を交わし、ハンスは笑った。
「一緒に寝ないのか?」
其の問いに答えれず、唯笑った。
「訳があるのか。」
訳等無い。無いから困る。あればどれ程楽だろう。
「倦怠期、だろうなぁ。」
「ははっ。」
五年近く居れば、其れも来るだろう。愛はある筈なのに、何処か冷めてた。こんな事、私の姉には無いのだろうけれど。
「なら、俺達と一緒に来るか?」
誘い。
其れは甘い誘いだった。
彼以外の人間を知れば、少しは何か変わるのだろうか。
然し。
「怒られるよ。知ってるだろう?彼は嫉妬深いんだ。」
其の嫉妬が、重い。昔は嬉しかった筈の嫉妬が、こんなにも重たい物だ等、知る時が来た。
「勘違いしてないか?」
笑うハンス。
「如何せ、ソウイツしか知らないんだろう?」
「まぁ、そうだね。」
云って虚しく為る。
「女の味を、知りたくないか?」
何て、甘い誘いなのだろうかと私は思った。
此の侭一生、私は彼に囚われるだけなのだろうか。彼しか知らない身体で、彼の傍で、彼の為に生きるというのだろうか。そう考えると、急に腹立たしく、又息苦しく感じた。
其の誘いは私を揺るがし、足を動かすには充分だった。
「一寸待ってて。」
階段を上り、寝ている彼を揺すった。低く唸り、微かに目を開ける彼。
「…何や…」
「ハンス達と、遊びに行って良い?」
「…今何時…」
時刻を教えると、彼は溜息を吐いた。其の時間帯に彼等が遊びに行く場所を、彼は知って居る。
「…好きにしたら宜しいわ…」
そう云って彼は又目を閉じた。怒って居るのだろうか、然しそうは感じられなかった。酷く疲れて居る、其れしか判らない。
「行って来て良いの?」
又も揺するが、煩いと云われた。
「良え云うてるやろ…、寝かせなや…」
私が遊びに行くと云う事実依り、睡眠を妨害された事に彼は怒りを表し始めた。ならば行こうと、彼の頬に唇を落とした。
「飽きたら、帰って来る。」
「無いと思うけど…」
彼を夢の中に落とし、私は階段を下りた。
「彼は、何だって?」
「良いって。」
笑い、車に飛び乗る。
揺られる車の中で、私は詰まらなさを宿した視線を景色に向けて居た。




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