然様なら、初めまして


「朝日が眩しいとは良く云うけど、全然眩しくないや。」
開いたカーテンから朝日が見える。其れを私は、乱暴に消した。
微かにしか光の入って来ない、薄暗い部屋。女は居ない。私が寝て居る間に、居なくなったのだろう。
身支度をし、ハンスの待つ車に向かうと、水を投げ渡された。
「楽しかったか?」
「…うん。」
心地良さはあったけれど、楽しさは感じなかった。適当に返事をし、矢張り来た時と同じ様に、詰まらなさを宿した目を向ける。
「又、行くか?」
家に着き、聞かれた。
「…良いや。」
「そっか。」
ノブを回し、後ろでエンジンの音を聞いた。階段を上り、部屋に入ると、リビングに彼の姿は無かった。未だ寝ているのだろうとそっと寝室を覗くと、案の定だった。
「唯今。」
反応は無い。
「唯今って。」
身体を揺すり、起こす。
「朝だよ。」
其処で漸く彼は目を覚ました。ゆっくりと起き上がり、首を鳴らした。
「唯今。」
宙を浮く彼の目に、私は同じ事を云った。怒りも軽蔑もしない彼。其処で漸く、彼の愛が、薄く為って居る事に気付いた。
医者として彼の傍に居始めた時から、私達の関係は、終わっていたのだ。
何て、馬鹿だったのだろう。其れに気付きもしなかった私は。
彼は何の為に私を独逸に連れた?
一人で歩ける様にする為、則ち、彼を私から解放する事。
俯き、彼の頬を触った。
「朝食を。」
「うん。」
上がる紫煙を感じ乍ら、私は米を研いだ。無心に。其の音だけが、虚しく耳に響く。彼の愛の囁きに、其れはとても良く似ていた。しゃこしゃこと、何時迄も響かせ、白乳色の水を、捨てた。
私の、長年の思いと共に。
然様なら、私の愛した、兄上。
初めまして、私の愛する、菅原宗一さん。




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