母国情緒


一年は、あっと云う間だった。
早く早くと願って居たのに、こう為れば寂しいものがある。
「御元気で、ミスター。又会えるのを、心依り。」
ハロルドを抱き締め、息を吐いた。
「嗚呼、何時か必ずな。マットに宜しく。恋人にも。」
「ええ。」
ハロルドの海の様な目。拓也の目に映る海と、同じ色をして居た。澄み切った、奇麗な色。
互いの長い髪が、揺らいだ。
横で高く一つに縛られた拓也の髪は、渡英した時とは異なる美しさを持って居た。真っ直ぐだった髪は化学変化を起こし、大きなうねりを見せる。ウェーブの掛かった、新しい髪。
来た時には痩けて居た頬も、ふっくらしている様ハロルドには見えた。
「御出で。」
手を伸ばし、シスターの手を離れ、其の小さな手は拓也の手を強く握った。
「ヴィクトリア、元気でね。」
抱えられたヴィクトリアの頬を触り、別れのキスと新たな道へのキスをした。
「ミスター。貴方には、本当、感謝の仕様もありませんわ。」
「私もです。素敵な天使を有難う。」
空を見上げる。こんなに綺麗な空は、久方見て居なかった。
「井上中尉、出向の御時間です。」
甲板から帽子を振り、知らせる部下。
此れで、終わりだ。本国に帰り、臨むは大戦。
俯き、本当に此れで良かったのか、考えた。然し、腕の中に居る存在の前では、下らない考えだった。片腕でヴィクトリアを抱えるとハロルドに向き、敬礼をした。
「大英帝国、万歳。」
「大日本帝国、万歳。」
互いの強い目。一年間の思い出が二人の間に流れた。
「其れじゃあ、本当に然様ならだ。」
再度敬礼し、被っていた帽子をハロルドの頭に乗せた。自分が居なく為る姿が見えない様に。そうして、帽子を取った時には、もう其処に姿は無かった。
溢れる涙。
「タクヤっ、元気でな…っ」
船内でも聞こえた声。
「一年で覚えた日本語にしちゃあ…、上出来だ。」
云って、涙が流れ落ちた。
「有難う、ヘンリー…。有難う…」
自分にも涙があった事を思い出させて呉れて、有難う―――。
薄い涙の後に、ヴィクトリアはキスをした。




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