母国情緒


一年振りに見る和臣の顔。自分同様、父親に為ったと聞くが、一層冷たい目をして居た。
「御苦労。明日から又、本国で働いて貰う。そうだな、井上は何かと功績がある。少佐に昇格して遣ろう。」
佐官。大尉を飛び込え、行き成り其処に行くかと思い、溜息の飲み込む。
「折角ですが、昇格は無用。」
冷たい目が動く。
「…ふぅん。他の者なら、泣いて喜ぶ佐官だぞ。昔から思っていたが、如何して尉官に拘わる。」
如何してと問われても、理由は無い。強いて云うなれば。
「…吐き気がする。」
将官制度が廃止された今、佐官は嫌でも右腕に為る。
後ろに並ぶ部下達の顔色が変わり、昇格はあるだろうと皆思って居たが、為るなら大尉。此れは嫌がらせに近い、和臣を嫌って居るのは、本人でさえ承知して居る。
「俺の後ろに居る此奴等は?」
「…引き継いで欲しいか?」
結構な団結力だと、鼻で笑う。
「俺を少佐にするならな。」
「其れは無理だ。此奴等は、大した功績も無い。」
俯く部下。
確かに、拓也程何かをした訳でも無いが此の一年、力は付けて来た。然し乍ら海を挟んだ木島に、其れを目に教える事は出来無い。
「俺達の、何を見てたんだ…あんた…」
余りの非道な和臣の言葉に拓也の声色が変わった。
「まさか、俺の送った報告書さえ禄に読んで無いのか?」
「報告書は読んでいる。だから御前の功績があるんだろう。」
頭に血が上る。何時でも和臣は、拓也を逆撫でするのがオジョウズな人間らしい。其れを痛感した。
「あんたが座って読んだのは、英吉利の軍力、連合国関連、経済力だけだろう?あんたが受けた此奴等の報告何て、如何せ其処にぼけっと突っ立ってる大佐が適当に読んだ、適当な報告だけだろう?」
机を叩き、顔を近付け、和臣を睨み付けた。
「此の一年、あんたは何してたんだ。御隣りさんに銃と戦車土産に、遊びに行ってたのか?違うよな。あんたは其れを命令して、此処に座って、其の御綺麗な制服に皺一つ作ってないよな?」
捲し立てる拓也。久し振りに激怒した井上を見せ付けられ、部下は言葉を無くした。
「あんたが力を付けて来いって、送ったんだろう?元帥様よっ」
和臣の興味の無い目が宙に浮く。
同じだ、戦争を始めると云い、口論した時から、何も変わって等居ない。
痛感した変わらぬ態度、事実に落胆し、目を伏せた。
「もう、良い。」
マッチの臭い。
「怒鳴って悪かった。昇格は結構。」
顔に掛かる紫煙。下から見上げる様に覗く和臣の目に、吐き気と寒気が同時に来た。
生気は無く、異常さを知る。
後退り、呼吸をするのも忘れた。
此れが、人道を外れた修羅の目。
「琥珀、と云ったな。」
楽しそうに動く口は虫の様で、胃から迫り上げ物を拓也は堪え、唇を噛んだ。
「二人切りにして呉れ。皆、御苦労。」
部下に何が出来る訳で無く、又拓也自身も反論出来ず、大佐に追い出される様、皆部屋から出た。
音の無い二人だけの空間に立って居られない。察知した和臣は立ち上がり、俯いた拓也の肩を突き、ソファに押し遣った。すとんと座った姿に嘲笑一つ、無言で背凭れに両手を置いた。
「大層、眉目麗しいそうだな。」
「何処で、聞いた…」
「其れは、存在を、か?其れとも、見た目、か?」
笑い、拓也の髪を触る。其処から全身に寒気が伝わり、寒気に捕らえられた侭硬直し、抵抗を忘れた。
「奇麗だな。」
「煩い…」
耳に響く和臣の声。此の声が、何万と居る人間を動かすのかと思った。自分も其れの一人に過ぎない。唯、思った。
「在の娘に、姉の影を重ね、如何する。慰みにするのか…?」
ゆっくりと入る声。
「違…」
「羨ましいよ。俺は、娘が、欲しかった。」
「だったら又…、作れば、良い…」
自分でも、何と情けない頼り無い声な事だろう。
喉の奥から出る笑い。
「今、御前に、其れを云おうと、思っていた。」
「…………何を…」
「自分でも作れるのに、何故態々異国から持って来た。」
「其れは…」
声が出ず、和臣の目に、声に、喉元を締め上げられている様感ずる。息苦しさの中で、理由を探る。
「同じ過ちを、犯したくないのだろう?だから、連れて来た。」
「同じ、過ち…?」
「実の姉と姦通し、結果子が出来た。」
「何で…知っ…」
楽しそうに歪む口元に、又言葉を無くした。
「だがな、きっと同じ事になる。」
拓也の無言を良い事に、和臣の口は動く。
「御前が違っても、琥珀は、如何だろうな。」
「何が云いたい。」
黙っていた拓也の強い目に、和臣は少し眉を上げた。
「俺が、又、同じ事をするとでも云うのか。娘に。」
反論を求める拓也の強気、然し和臣は、物言いたげな薄気味悪い笑顔を消すだけで、背を向けた。
「もう、用は無い。」
「おい。」
「昇格は不要。仕方無いがそうして遣ろう。」
「行き成り…」
話を変えた和臣の肩を掴んだが、理解した。何時入って来たのか、大佐の姿が其処にはあった。
「其れで良いな、大佐。」
「御意。」
立ち上がり、帽子を持った拓也を和臣は見た。
「井上。」
「…何だよ…」
「其の頭、帽子被れるのか?変な頭だな。」
「…被れますよ。中が変ですからね。」
云って乗せた。此れは被っていない。被せて居るだけ。
「…まあ、前のに比べたら、良いか。なあ。」
「そうですね、可愛いです。」
無表情な大佐の言葉に、其の気があるのでは無いか、拓也は身震いを起こした。
「…気色悪ぃ。」
心から云った。
和臣に、其れに従う大佐に、そして自分自身に。




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