白蓮
子供が欲しい訳では無いが、拓也の状況は酷く羨ましい。毎日楽しそうで、生き生きとして居た。同じ様に養子か養女を貰っても良いが、時恵は良い顔をしないだろう。先ず子育てというものをし無さそうである。
けれど矢張り、羨ましい。
「俺も子供が欲しい。」
叫んでみたが、時恵の冷たい視線だけが返って来た。
「嫌ですわ。」
「はっきりと云われると、流石に凹む。」
「一時見るから宜しいんですのよ。ずっと一緒に居て御覧遊ばし、嫌気が差しますわ。」
「…時一君には、嫌気差してたのか…?」
云った瞬間湯飲みが飛んで来た。
「時一と一緒にしないで下さいませ。」
「申し訳無い限りで…」
割れた湯飲みを拾い、反省した。今の時恵に、時一の事は禁句の様で、定期的に手紙は来る様が矢張り寂しい。如何したものかと息を吐く。時一や、子供の、何か変わりに為る様な存在があれば良いのだろうが見当が付かない。誰か教えて呉れたら良いのだが、生憎機転の利く拓也は琥珀の事で頭が一杯、望めそうには無い。
「可愛い琥珀でも愛でに行くか…」
「でしたら、ワタクシも。」
提案者の龍太郎より先に立ち上がり、大きな箱を持ち出した。中を覗くと、琥珀の好きそうな鮮やかな色の着物が溢れる程入っていた。
「何処から持って来たんだ?」
「実家に帰れば、幾らでも。」
蝶よ華よと育てられた時恵に、此れ等を揃えるのは容易い事。其れも仕立てただけで、一度も袖を通していない代物と来た。大方、此の我侭なおぜうさんは、色彩が嫌だの何だの文句を云ったのだろう。
「参りましょう。」
荷物を龍太郎に持たせ、生き生きと門の外に向かう。其の時だ、時恵の足は止まった。危うくぶつかりそうに為り、龍太郎は身を返した。
「行き成り止まるんじゃ…」
云って時恵の視線の矛先を見、言葉を無くした。仏頂面で腕を組む和臣が、塀に凭れて居る。中に入ってくれば良いのに、何をしているのだろうと、龍太郎は呆れた。冷たく突き放したが我慢出来なく為り、こうして足を向けたか、大層な自分勝手な御兄様だと、思う。
「何か御用かすら、元帥殿。」
時恵の口からは、決して昔の様に“御兄様”とは出なかった。唯冷たく“元帥”、そう云った。
「本郷。」
和臣に呼ばれ、龍太郎は荷物を下ろした。
「何でしょうか。」
「御前に、プレゼントがある。」
其の言葉に、龍太郎は顔を顰めた。禄でも無い、ゴミ同然の物では無かろうか。散々嫌う人間に、行き成り贈り物をする等。
止まっている馬車の戸を叩き、開く。そうして中から現れた物に、時恵も目を見開いた。
白く、しなやかな身体をした、狼。音無く降り、和臣の横に添った。
「狼、好きだろう。」
思い出す剥製の狼。在れは確か灰色で、此れとは全く違う色見をしていた。
身体を駆ける痺れ。剥製を見た時よりずっと強い物であった。
「俺の元に、贈られて来たんだが、子供が居るだろう?見た瞬間泣き出したんだ。昔みたく育てたいが、如何も無理な様だ。送り返しても良いんだが、可哀相でな。だから本郷、御前に遣る。」
真白な、奇麗な顔をした狼は、其の吊り上がる目でじっと龍太郎を見た。
「待って下さいませ。遣ると簡単に云われましても、困りますわ。」
そう断る時恵だが、其の狼の美しさに心揺らぐのは確かであった。
足が勝手に動く。
引き寄せられる様に狼に近付き、龍太郎は顔を覗いた。見れば見る程美しい其の顔。矢張り、自分と似ていると思った。二つの吊り上った目が、絡み合う。
「野生、ですか?」
「いや、飼育して居た狼の子らしい。人には慣れて居る。」
そうか、だから野生だった剥製とは違う優しさが目にあるのかと、龍太郎は知った。
「名前は。」
「あった様だが、知らない。付けて呉れと云う事だろう。」
手を伸ばし、顔を触る。怯えもせず、威嚇もせず、唯気丈な目を向けて居た。在の剥製の様に。
喉が鳴る。欲しいと素直に思い、深く息を吐くと、笑った気がした。
「俺の元に、来るか?」
聞くと、狼はそっと目を伏せ、龍太郎の鼻に自分の鼻を付けた。其れを見た和臣は何も云わず、狼に触れる事無く、馬車に乗り込んだ。
「元帥。」
閉められたドアーから、覗いた。
「何だ。」
礼を云うべきか悩んだ。頼んだ訳でも何でも無く、相変わらずの気紛れ、処分に困ったから持って来ただけの話。自分勝手な行動だが、感謝の気持はあった。
子供の変わりに為るものが居れば良い、そう思って居た矢先、此の狼が贈られた。矢張り、礼は云って於くべきであろうか。
思って居ると、横から時恵が顔を出した。
「何時も、察して下さいますわね…」
「…何の事だ。」
顔を逸らし、態と視線が合わない様に和臣は向いた。
「昔から、ワタクシの寂しさを、知って下さる。」
「…勘違いするな。俺は処分に困っただけで、何も御前の為じゃない。」
「御兄様…」
柔らかい時恵の声に、和臣の顔が動く。其の顔は酷く辛そうに歪んで居た。
「出ろ。」
俯き、天井を叩く。精一杯に張って居る気が、脆く崩れそうだった。其れを理解した時恵は何も云わず、馬車を見送ると狼の頭を触った。
其処だけ灰色の、愛らしい狼。其の愛らしさも、何だか龍太郎に似て居る気がした。
龍太郎と狼を交互に見、其の行動に龍太郎は口をへの字に曲げた。
「何だ?」
「いえ、親子の様だと、思っただけですわ。」
「親子…?」
狼に似て居るとは良く云われるが、親子と云われたのは初めてだった。時恵は膝を付き、狼の顔を触った。
白い、其の毛。目元は少し硬かった。
「…白蓮。」
地面に静かに座る姿は、水に浮かぶ蓮に似て居た。
「アナタの名前は、白蓮よ。」
白蓮…。何て似合いの名前なのだろう。龍太郎は笑い、頭を撫でた。
「雌か?」
「さあ。」
付けたは良いが、此れで雄だったら如何仕様と不安が過ぎる。雄でもおかしな事は無いが、出来れば雌が良い。
「失礼。」
後ろ足を上げ、龍太郎は確認した。
「失礼を致しました、御嬢さん。」
そっと足を戻し、雌である事が確認出来た。
笑う時恵。
「此れで、三人家族に為りましたわね。」
「嗚呼、そうだな。」
此れから賑やかに為りそうだと龍太郎は薄く笑った。
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