海軍元帥・加納馨


揺らぐ袂。ぽこぽこと履物を鳴らし、掛けて行く。
「危ねぇぞぉ。」
「Fine.Bo-o-o-om.」
心配見せる拓也の声等聞きもせず、琥珀は掛ける。
潮の匂い、多数の軍艦が停泊して居る。
「何だ、今日は海軍さん、御休みか。」
紫煙を上げ、聳える軍艦に息を吐いた。其れを指し、笑う琥珀。
「Ship!Ship!」
「シップじゃねぇよ。」
「嘘、御船だよ。乗って来たもん。」
「確かに御船だけどよ。」
琥珀が乗って来た、そんな可愛い代物では無い。
見上げ、息を吐いた。
「軍艦だ。」
頂を照らす太陽。
「グンカン…?」
「Warship.」
嗚呼、と琥珀は呟き、同じ様に見上げた。
「大きいね。」
「嗚呼、でかいさ。」
船体に刻まれた名前、ヒイラギ。
「然も此れは元帥の乗る奴だ。飛行機が見えるだろう?奥の一層でかい在れは、バトルシップ。」
「凄いね…」
見上げても天辺が見えない軍艦は巨大な化け物みたく恐ろしく、琥珀は身震い起こした。
「本当、凄ぇな…」
船一つで陸軍との違いを見せ付けられた拓也は感心の息を吐く。陸軍の最強兵器は戦車、軍艦程存在感は無い。
打ち当てられる水音に小さく、かんかん、と靴音が重なった。響き渡る、修羅が地に降りるのを知らせる警報。余りの大きな音に琥珀は耳を塞いだ。
ごつりと響く音。
「んー、陸は良いですねぇ。揺れない。」
背伸びをし、身体を解す馨。止んだ音に手を離し、琥珀は柊を見た。
「どれ位大きいんだろう。」
後ろ向きで柊を眺め、大きさを見る琥珀。
「木島さんは、いらっしゃるだろうか。」
ぶつかった背中同士。身体を捻る馨、そうして見えた、愛らしい琥珀の姿。
「やあ、御嬢さん。」
天使が下界に何用ですか?、と馨は笑った。
「あ…」
馨が誰かは知らないが怒られると琥珀は怯え、然し、身体から香った匂いに頬が緩んだ。
「御船の匂いがする…」
琥珀の言葉に目を見開き、笑う。
「そうですか。ワタクシの人生大半は船上ですので、染み付いて居るのでしょうね。」
「良い匂い。」
「ふふ。船は御好きですか?御嬢さん。」
馨の笑みに釣られ、琥珀は笑う。
「大好き。だって琥珀は御船に乗って来たんだもん。御船がダディを連れて来たんだもん。だから…、大好きっ」
大好きな拓也を運んで来て呉れた御船、大好きな者が居る此の地に自分を運んで呉れた御船、琥珀は船が大好きだった。
自分を好きだと云われた様に馨は微笑み、頷いた。
「そうですか。船は良いですよ、ワタクシも大好きです。」
膝を付き、ふわふわと潮風に揺れる琥珀の髪に触れた。
「御嬢さんは見た所、異邦人ですね。」
「英吉利だよ。」
「英吉利…、其れは其れは。とても日本語が御上手ですね。御両親の教育が行き届いでらっしゃる。」
「早く覚えないと御婆さんに為っちゃうから。」
「ふふ、面白い御嬢さんだ。」
立ち上がり、見えた拓也の姿に、琥珀に向けて居た笑みを一旦崩し、新たな笑みを作った。口角だけを上げ、拓也を見て居るのに何処か違う所を見て居る様な目。
「此れは此れは、井上中尉では御座いませんか。」
「娘が失礼を。」
頭を下げた拓也に、馨は表情崩さず笑う。
「構いませんよ。陸軍さんは嫌いですけど、貴方は嫌いではありませんから。」
「はあ…」
個人的に会ったのは此れが初めて、面識も無く好かれる理由が判らない拓也は、琥珀を見る馨に曖昧な返事をした。
「其れに、とても愛らしい御嬢さんです。」
「恐れ入ります。」
凍て付いた馨の目が、拓也を捕らえる。冷徹な視線、和臣とは違う気味悪さがある。
「如何やらワタクシは、御嬢さんに魅入られて仕舞った様です。」
「大変な御言葉を。恐縮です。」
「又、御会い出来ますか?」
差し出された手。其れを拓也は握った。
「ええ、何時でも。歓迎致しますよ。」
「全く、木島さんの所にいらっしゃるのが勿体無い。」
「其れこそ勿体無い御言葉です。」
「本心ですよ。我が海軍に、其の頭が欲しい。」
無言の拓也に事務的な笑みは消え、又膝を屈した馨は琥珀の耳に口を寄せた。
「又、御会いしましょうね、可愛い天使さん。」
息掛り囁かれた言葉に、かっと琥珀の頬が高揚した。ばくばくと心臓が鳴り、耳迄熱く為るのを知る。
「何赤くなってんだよ…」
「だって…」
「ふふ。では又。」
似つかわしくない靴音を響かせ、白い軍服は揺れた。其れに拓也は、梔子の花弁を重ねた。




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