兄上、御免遊ばせ


父上の遊び好きは今に始まった事では無いけれど、月に一度の家族揃っての外食に僕は疲れを知る。普段食べ慣れ無い牛鍋を食べた所為で胃が凭れて居る。口の中に残る牛肉の味が気持悪く、如何した物かとオレンジジュースを飲んだ。
僕はオレンジジュースが大好きだ。
幾分増しになった牛肉の味に溜息を零し、着替え様と姿見の布を外した。其の時、廊下から上機嫌な声がした。
僕と姉上は先に帰宅した。父上と兄上、其れから兄さんが残って酒を楽しんで居た。帰宅したのだろう、何時に無く上機嫌な兄上の声が耳に入る。
僕は、少しだけ寂しさを感じた。
十歳の自分に、兄さんの様な相手は出来無い。女みたいな顔をして居るのだから、酌の一つ位出来ても良いのだろうが何かが違う気がした。僕は酌をしたいのでは無く、兄さんの様に一緒に笑って酒を飲みたいのだ。下らない話をし乍ら酌み交わすのは、どんなに楽しいだろうか。自分にも出来る時が来るのだろうかと、鏡の自分に聞いた。
「まあ、焦らなくても、良いか。」
鏡に向かってはにかみ、そう遠くない未来を待った。
「宜しぃい?時一ぅ。」
行き成り開いたドアーに驚き、着替えの手を止めた。持って居た袴がすとんと下に落ち、下半身剥き出しで兄上を迎える形になった。羞恥と兄上の無作法に顔が熱くなり、兄上は眉を上げ、ええもん見たわなぁ、そう云った。
「あの…、閉めて、下さいますか…?」
「んあ?ええよ。ほんならなあ、和臣。御休みなあ。」
「静かにしてねえ、御兄様ぁ。」
「御兄様は、自分やろ。」
「あっはっはっ。時恵の初い御尊顔でも愛でて寝様っ。涎垂らして其の寝顔を拝観してやるぞぉおぅっ」
「時恵は御本尊どすなあ。宜しおすわぁ。」
「そうどすわなぁ。」
静かにしろと云った兄さんが一番煩い事に気付かない、矢張り兄さんは可哀相で一寸在れな人。
閉まったドアーから聞こえる兄さんの鼻歌、静かな夜だった。
兄上は持って居たグラスを口に付け、袴を握り締めた侭の僕を見た。
「着替えへんの。」
「見られて居るのは…」
「ほうか。」
酒の所為なのかは知らないが、普段より熱い兄上の手が首に触れた。
「手伝ぅたるわ。」
遠慮の声は届いて居ないのか、兄上はゆるゆると服を脱がしてゆく。
「寝巻ぃ…何処…?」
「其処です…」
「めんどいなぁ…」
殆ど裸の僕は寒さに足を擦り合わせ、早くと急かしたが、兄上は寝巻を見て豪快に笑った。
「ちっちゃいなぁ…。十歳のって、こんなん?はぁあっ」
「感心は良いですから、早く…」
「早く、何…?」
垂れた目が僕を捕らえ、其の色に心臓が鳴った。足から力が抜け、座り込んだ僕に兄上は顔を覗き込んでもう一度同じ事を聞いた。心臓が顔に行ってしまったのでは無いかと思う程顔は熱く、どくどく打って居た。
「寒い?」
「…いえ…」
寒かった筈が猛烈に暑く感じ、吐く息が異様に熱い。そんな僕の首に兄上の手が触れ、強く目を瞑った。
「こっち見て。」
云われる侭に顔を上げ、柔らかく笑う目に息が漏れた。
「兄上…」
「一寸触れただけで此れか…。育て方間違えたかしらん?」
笑う兄上の息が掛かり、其の微かな擽りにさえ僕は反応した。
兄上の服を掴み、早くキッスが欲しいと無言で訴えた。けれど兄上は意地悪に眉を上げて笑うだけ。
丸いスタンドにグラスを乗せ、人差し指を中に入れる。ぐるぐる回し、最初は氷の音がして居たけれど、渦の中に聞こえ無くなった。抜き出された指に絡む透明な酒。爪から一滴落ちた。
其の指は僕の唇を撫で、僕を濡らしてゆく。鼻を通る匂いに頭が痺れた。鈴虫の音色が嫌に頭に反響して、耳鳴りに思えた。
霞んで見える兄上の顔が堪らなく愛おしく、其の指を舐めた。舌が少し麻痺し、其れは瞬く間に全身に回り、口端から垂れた唾液の動きにさえ快楽を知る。足の付け根に熱が集まるのが判り、隠す様に力を入れた。素肌に触れる絨毯の感触に身体は反応し、僕の全てが兄上を欲した。
「兄、上…」
「したい…?」
羞恥は無かった。
素直に、本能が伝える侭僕は頷き、兄上の口角が微かに上がるのを霞んだ視界で見付けた。
抱える様に僕を起こし、背筋を撫で上げられた。ひゃあ、等と情けない声が漏れ、退け反った。感じる布の感触は冷たく、首には熱い口付けで、兄上は結局僕を如何したいのだろうとぼんやり考えた。
「よいしょ。」
すんなりと僕を抱え上げ、僕は兄上の首筋に顔を埋めた。ドアーの横にある電灯のスウィッチを調節し、淡い光を部屋に点した。其の光加減は丸で僕の気持みたく、腕に力を入れた。
「少し、重なったなぁ。ええ事ええ事。」
「其の内、兄上を越しますから、待って居て下さいね。」
「敵わんなぁ。うちが見上げるんか?こないな風に。」
額同士を付け、笑い合った。
何時か、抱き上げられずとも、こうして額同士を付け合わせたい。僕は兄上を上から見て、兄上は僕を見上げて笑ってくれる。そうして下らない話を肴に酒を飲む。
「何時か、必ず。」
「時一は有言実行ちゃんやからなあ…。複雑やけど、楽しみに待っときますぅ。でもなぁ、直ーぐやで。あっちゅう間。直ぐ成長しはるわ。」
寂しいけどな、そう兄上は笑った。
「寂しいんですか?」
兄上は困った顔で唸り、鼻先を擦り合わせた。
「寂しいゆうたら寂しいわ。せやけど、成長無い程が困るからなぁ。」
「じゃあ、程々に成長します。」
「御願いな。親父みたくあない大きゅうなったらあかんえ。」
キッスで其れを約束した。今にこうして抱き上げて貰えなくなる。惜しむ様に、大好きな大きな兄上を身体に染み込ませる程強く抱き締めた。




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