trick OR treat


十月に為ろうかな、と云う九月の頃。普段は殺風景な広場が何だかカラフルに為り始めた。
黒や赤、紫、一際目立ち象徴的な色は橙色だった。
橙色―――連想するのは隣国、チューリップと風車が特徴のオラニエの国ホーラント。
此の国が、隣国和蘭を讃えるとは思えない。思うに此の国独逸は、仲の良い国が無い。
抑此の欧州、仲が悪過ぎる。
東洋人の僕から見ても思うのだから相当だと思う。まあ、欧州の友好事情等知った事では無いが。
だからまあ、街が橙色に変化するのは不思議だった。
「和蘭に友好を表してるんですか?」
橙色イコール和蘭、な思考しか持たない僕は、鳩に餌を遣る自称独逸一男前に聞いた。パン屑の付いた指先で顎を触り、真白な鳩は諦めたのか飛んだ。
鳩でも逃げるナルシスト振りである。
忌々しき和蘭の名を聞いたハンスは眉間も顎みたく割れた。顔の上と下が割れる様は面白い。
「和蘭?無い無い。英吉利なら、まあ、ある。仏蘭西は死んでも無い。」
仏蘭西を賛美するなら独逸は爆発を選ぶだろう、一番仲悪い仏蘭西に悪態を吐いた。
では何故こんなにも橙色が多いのか。其れに気に為るのは色だけでは無い。
南瓜だ。
広場の彼方此方に南瓜が散乱して居るのだ。其れも御丁寧に顔が彫られ、案山子みたいで、夜見ると広場はかなり不気味である。
「一ヶ月後はハロウィンだからな。」
「ハロウィン…?」
聞いた事の無い言葉に首を傾げると、ハンスも同じ動作をした。
「ハロウィンを知らないのか?じゃあ日本は大変じゃないかっ」
鬼だ修羅だ亡者だと云われる筈だとハンスは一人納得の様子。其処に買物終えた宗一が来た。
「日本には日本の盆がある。」
「はい?」
こっそり話を聞いて居た宗一は云う。ハロウィン自体が判らない僕は益々混乱し、オレンジをハンスに渡した宗一は横に座る。携帯する折り畳み式のメスで、掌サイズの南瓜に顔を作って行った。
「茄子とぉ、胡瓜。」
「はい?」
「在れ、送るやん?」
「はい…?」
「ほんで、盆踊り。」
「…………。」
宗一の言葉が全く理解出来無い。
詰まり宗一は、ハロウィンは西洋版の盆だと云いたいらしいが、僕には全く伝わらない。一つ違うのは、盆は死者を歓迎するが、ハロウィンは歓迎しない事。故に南瓜が沢山並ぶ、と全く理解出来無い説明を呉れた。
「あー…判ったぞ…?」
宗一の云いたい事が其れと無く判ったハンスは説明して呉れ、漸く其れでハロウィンの本質が判った。ひょっとすると宗一は、ハロウィンが何たるかを明確に把握して居ない。
「詰まりハロウィンとは、簡単に云うと、仮装行事、ですか?」
「んー…簡単に云ったら、な?」
「死者に間違えられない様に。」
「そうそう。死者が在の世から遣って来る。」
「其れで、死者が悪さをする、と。」
「うん。トリック オア トリート。」
「何で南瓜何ですか?」
「南瓜は死者の魂で出来てるから。」
「…………へえ…っ」
金輪際南瓜は食べない様にする。南瓜の煮付け、結構好きだが、我慢する事にした。
ハロウィンが何たるかを把握した僕は、早速準備に取り掛かる事にし様と宗一から金を貰い、南瓜を買った。
仮装、仮装は何にするか。悩ましい問題である。
南瓜に顔を作る宗一を余所に、一番大事な事を思い出した。
其のハロウィンとやらの日にちである。
「其の死者さんは何時いらっしゃるんですか?」
「十月三十一日。」
其の日にちに僕は固まった。
「何…?十月三十一日…?」
「嗚呼。十月三十日の夜中に冥界の扉が開く。」
月は赤く為り、辺りは霧に覆われる。
一寸其の扉とやらは何処にある。厳重に封鎖しなければ為るまい。
十月三十一日に来て貰っては困る。非常に、困る。一寸繰り上げて前日に来て頂けないだろうか。
押し黙る僕にハンスは首を傾げ、理由が判る宗一はくつくつ笑い乍らメスを動かす。
「たーいへん。」
「何で十月三十一日っ」
「知らないよ、冥界の門番に聞いて呉れ。」
何かあるのか?、とハンスは聞く。
何か?何かだと?
十月三十一日、其れは………。
「僕の誕生日です。」
「あっはっはっ」
等々宗一は腹から声を出し、掌から南瓜を落とした。地面にころんと転がる頭部、心無しか、僕に似ている。
「ハロウィンが誕生日か、あっはっは。」
ならば今年のハロウィンは盛大にしないとな、とハンスも笑う。
そうさ、盛大にする。死者が二度と此の広場に来れない程、盛大にする積もりだ。僕の生まれた日を死者に乗っ取られては堪らない。死人に口無し、と云うでは無いか。




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