trick OR treat


巡って当日、仮装はハンスの提案で、死んだハンスの同僚に決めた。
「彼奴驚くぞ、死んだ筈なのに居るんだから。」
ハンスの妹は映画の関係者で、主にメイクを担当する。生前の彼の写真を元に、死体に近く化粧をして貰った。
「頬から、歯が見えてるんですけど…」
「彼奴、腐乱死体で見付かってな。いやあ…臭かった。」
選りに選って何故其の同僚を選んだ、ハンス。顔が包帯で隠れて居るのは丁度良かった。
いや然し…。
折角死者に仮装するのなら、此の包帯は要らないのでは無いか、思い、外そうとしたが、中世の貴族に仮装した宗一に止められた。
「やあ、モーツァルト。」
「バッハやんな。」
大差無い気がする。が、モーツァルトは貴族女の若い燕、バッハは代々音楽家の貴族であるので、一緒にするのは失礼かも知れない。…いや、若い燕だった音楽家は違う音楽家だったかも知れない。宗一や兄の様に楽器は弾かないので西洋音楽は、良く、判らない。此の際誰でも良いかも知れない。
兎に角宗一は、中世仏蘭西の貴族の格好である。
僕にメイクを施して呉れたハンスの妹は、ヴィクトリア女王の亡霊、と退廃的なドレスを着、ゾンビと化して居た。
広場は、そんな奴で溢れ返り、冥界の扉が開いたのが判った。ハンスは海賊の格好で「何で海賊?」と、独逸には余り関係の無さそうな格好に、頬から歯を出す僕は聞いた。
頬から歯を出し、僕は何を聞いて居るんだろうか…。
ハンスは帽子に装飾される羽根を揺らし、海賊らしく銃を回す。
「俺、海軍に入りたかったんだ。船には男の浪漫が詰まってる。」
詰まってるのは御前の頭では無いだろうか。
「へえ、海軍。」
海軍と海賊では豪い違いだ。若しやハンス、海軍の成れの果てが海賊と思って居るのでは無いか。いやまさか、幾ら筋肉頭だろうとそんな間違いは無いだろう。
勿論そんな訳は無く、海軍に入隊したかったのも本当で、海賊なのは、海軍に落ちた腹いせである。ハンスは毎年海賊で、妹君は英吉利歴代女王らしい。
海賊と女王、良い趣味の兄妹である。
六時頃、ケーキの蝋燭に火を付けた。夕方から日付が変わる其の時間帯、死者が盛り上がる時だ。
案の定、蝋燭の火は、何度付けても消えた。
「おかしいわね…」
五回消えた時、等々妹君は痺れを切らし、新しい蝋燭に変えた。因みに此のバースデーケーキは妹君が作り、色は黒で、南瓜の形をして居る。中には真っ赤なラズベリーソースが詰まる、甘いのか苦いのか判らない代物。目はホワイトチョコで形作られて居る。
「さあ良いわよ、トキイツ。」
漸く付いた蝋燭。
其の時だ。
部屋が真っ暗に為り、蝋燭の火は同じ方向に流れ、消えた。
テーブルに居るのは四人、誰一人として椅子から立って居ない。当然電気を消す事は出来無い。良くある停電かと、然し蝋燭が消えたのは不可解だった。其れに今日は、広場の掲示板に停電の予定は書いて無かった。
「何も見えない…」
ハンスが呟いた時、妹君の小さな悲鳴が聞こえた。
「レオナ…?」
レオナとは妹君の名である。
「やあ、ハンス。」
闇から浮かんだのは、聞いた事の無い神経質な声だった。
「トリック オア トリート…」
後ろから子供の声が聞こえ、僕は後ろに向いたが、たたた、と足音が走った。
菓子か悪戯か―――。
「………レオナを離して呉れないか?」
「ハンス…助けて…」
「其のケーキは頂いて行くんですね。」
ば…っと電気が付き、電灯のスウィッチの所に宗一が居た。
言葉から数秒しない間に声の主達は消え、テーブルにあった黒い“チョコレート”ケーキは無くなり、変わりに飴が四人分あった。
「又遣られた…」
飴の乗る皿にハンスは項垂れ、妹君は必死に腕を摩って居た。
「やだもう…、私在の人怖いのよ…」
「明日殴っとく。大丈夫か?」
「在の人絶対死んでるわよ。冷た過ぎるもの…」
「誰が死者何ですかね?」
僕達が居るのは、ドアーから真っ直ぐの、ダイニングキッチン。其の暗い横の廊下から声はした。恐る恐る見ると、全身包帯で白衣を着た男と、吸血鬼の格好をした少年が、僕のケーキを手掴みで食べて居るでは無いか。
「レオナのケーキは美味しいね。」
問い掛けに少年は頷き、又掴んだ。
「僕の、ケーキだぞ…」
「はて、貴方は…?」
包帯男は、何故見えてるのか、包帯を巻く“両目”を僕に向けた。一つ不思議なのは包帯男の片方の指は、クリーム塗れの少年の口に添って居た。僕が云った時少年は口を動かし、包帯男は僕に向いたのだった。
「おい。」
宗一が声を掛けると少年の口は動き、包帯ぐるぐるなのに、何故か男の明るい表情が判った。
「其の御声は、若しや…先生…?」
「御声も何も、聞こえて無いだろう。」
「いやあまさか先生がいらっしゃるとは。此れは失礼を。クラウス、帰ろうか。」
包帯男は、立つと物凄く大きく、威圧感が降って来る様で僕は宗一にしがみ付いた。少年も同じで包帯男の後ろに、ケーキを持って隠れた。
「アロイスは…」
半ば呆れたハンスの口調。少年の口は動き、男の指先に伝える。
「奴は狼男の格好で美女を追い掛けて居て………んー…。クラウス、知ってる?」
少年は首を振り、南瓜の片目を食べた。
「詰まり、逸れた…?」
「そうそう、そう何ですね。仕方無いからハンスの家に着たんですね。不本意乍ら。」
包帯男は流石流石と手を叩く。
「不本意なら来るなっ」
「そしてケーキを返せっ、僕のケ…」
「思わぬ収穫だったんですね。」
有難う、と包帯男は、此の侭少年の頭に齧り付くのでは無いかと云う程口を開き、ケーキに齧り付いた。“うっとり”と頬緩まし、矢鱈長い舌で口端のクリームを拭った。
「ううん…此のラズベリーソース…ショコラーデの苦みに良く合うんですね…。スポンジから染みるソース、ジャム状のソース…。嗚呼、倖せ何ですね…」
人から強奪したケーキで、何をうっとり感想述べて居るんだ、此の包帯男は。其れは宗一も思ったらしく、“視線”で威嚇した。包帯男は包帯をも射ぬく宗一の視線に口を止め、少年の手を引いた。
「先生が怒ってらっしゃる。帰りましょう。」
少年は頷き、僕に手を振る。ケーキを強奪、凌辱の限りを尽くされ、怒り覚えて居た筈が、其の一連の愛らしい動作に絆され、思わず振り返した。
吸血鬼少年は包帯男に連れられ、いかんいかん、後ろ姿に頬が緩む。
「在の方は…」
「気にするな、気にしたら負けだ。」
ケーキの消えた誕生会、料理は残って居たので、頬から歯を剥き出す僕は、ヴィクトリア女王と海賊、音楽家と共に食事をした。
「ケーキは無くなっちゃったけど。」
帰り際、妹君は爛れた眉落とし、僕の頬にクスをした。
「良い一年にして。」
「有難う、レオナさん。」
包帯男と吸血鬼少年からのケーキ強奪と云うアクシデントはあったもの、中々に良い誕生日であった。ハンスに礼を云い、南瓜が踊る広場を宗一と二人で抜けた。
風は冷たく、腕にしがみ付いた。
「帰ったら。」
「はい。」
「二人で、遣り直そか。」
「ふふ。」
少し酒が入る宗一の足は踊って居た。




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