Jack-o'-Lantern‐狐火


夜なのに蝶々が飛んで居た。羽から飛ぶ鱗粉は月の光を蓄え、まるで宝石の様に見える。庭の花で羽を休め、動く羽を見て居た。後ろからの気配に気付かず見て居た。気付いたのは、後ろから抱き締められた彼の体温でだった。風呂上がりの石鹸の匂いは蝶の匂いを薄くさせ、月の匂いが強くなった様思う。腰に回る彼の腕に、私は微かな恐怖を覚えた。
私と彼は、未だ完全な夫婦では無い。
腰に回る腕は動き、湯の熱さを未だ持つ指先が顎に触れ、其の侭口付けをされた。


――よぉく、見て居て御覧。


忘れた筈の声が私の耳を抜けた。


――ベッキーに伝えろ。二度と来ないとな。


ベッキー。誰だっただろう。嗚呼、レベッカだ。母親だ。母親の声を思い出すと同時に、機嫌の悪い客から受けた暴力を思い出した。
「や………っ」
彼から逃れる様に身体を突き、眉の落ちる顔を見た。
「琥珀…」
「コハク…」
彼に名前を呼ばれ、其処で自分の名前を思い出す。嫌と云う程脳裏にこびり付いた性の記憶に吐き気がした。
気持悪い。
母親と同じ事をするのかと思うと、気持悪い。


――人形だから、何も感じ無いのよ。見せたって、何も思わないわよ。


「違う…」
「琥珀?」


――人形なら、殴ってみても良いか?
――良いわよ。此の間、釜戸に入れてみたの。面白く無かったけどね。汚くなっただけだったわ。
――熱いんじゃ無いのか?
――人形だもの。熱くないわよ。ねぇ、フレンチドール…


「あたしは…」
「琥珀?」


「Not a dolls, me…mam…」


蝶々の様に綺麗だった母親。私も、蝶々の様に、飛んで逃げれたら、何れ程良かったか。
こんな髪は要らない。こんな目は要らない。
ママと同じ、髪と目が良かった。
月の様に輝く髪と、透ける目が欲しかった。
私は一生、在の蝶々にはなれない。


ねえママ。
セックスに愛は要るけれど、交尾に愛は要らないと教えてくれたよね。
ねえママ。
私は彼と、何方をしたら良いの…?




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