受胎告知は堕胎宣告


二ヶ月前、夫が戦地へ向かった。そして心配に心配を重ねた頃夫、馨は眠そうな目で帰宅した。待っていたと云わんばかりに琥珀は馨に抱き付き、肺一杯に其の夫の匂いを染み込ませた。
「御帰り為さい。」
柔らかい身体を腕でしっかりと抱き、馨は琥珀の首に鼻を埋め、同じ様に妻の匂いを肺に送った。
恋い慕う互いの匂いを存分に染み渡らせ、二人は少し身体を離すと額同士を合わせた。
「良い子にしておりましたか?私の可愛い琥珀。」
「勿論よ。」
「本当ですか?」
馨は笑い、琥珀の高い鼻先を軽く摘む。其れに琥珀は擽ったそうに笑い、身を攀じった。
後ろから盛大に聞こえる溜息。
馨が帰宅すると聞いていた母親は、豪勢な食事を用意し馨を待っていた。やっとベルが鳴り、帰ったと思ったら中々姿を見せない。在の馬鹿嫁は一度玄関に行ったら戻りゃしないと、母親は玄関に向かった。そして見た光景に歎きの溜息が漏れた。
此れが日本男児の姿か。へらへらと妻に笑い掛け、妻は妻で頭も下げず抱擁と来た。
「おや、母上。」
居たのか、と馨は琥珀を見た。
「御苦労様に御座居ました、馨さん。」
琥珀と違い、母親は、三つ指折らぬもの頭を下げ、息子の帰宅を喜んだ。しかし馨は其れに不満を感じ、琥珀から離れると静かに、
「只今戻りました。折角ですが母上、今日は帰って頂けませんか?」
自分の顎を指で支え、云った。少しむっとしたが母親は薄く笑い、小さく首を振ると草履に足を伸ばした。馨の気持は判る。子離れ出来ないのは自分だと、母親は寂しさを胸に広めた。帯締めに下げている鈴がちりんと鳴り、ちりちりんと馨の横を過ぎた。馨に対して、顔を逸らす状態で母親の背中を見た琥珀。本当に帰った、と向き直ろうとした時、顎から離れた手が琥珀の顎を触った。強く腰を引かれ、ヒールの音がばらばらに鳴った。二ヶ月振りに感じる夫の唇。首に腕を回し、強く引いた。馨は其の侭琥珀の身体を引き寄せると、唇を重ねた侭玄関の戸を閉めた。




*prev|1/3|next#
T-ss