Sweet Nothings


会う約束等は一度もした事は無いのだが、彼女の行動範囲と私の行動範囲は同じか、私が休みの日は良く出会っていた。其れが、此処一ヶ月ぱったりと無い。彼女も友人やらの遊びで又違う範囲に居るのだろうと私は思い、少しだけ寂しい気持を持った侭自分の用事を済ませた。
平日は平日で、彼女では無いが、彼女の通う女学校の制服を着た少女達と擦れ違う。向こうが私に時めくとの同じに、私も又時めいていた。彼女を思い。
そんな或る日、何故一ヶ月も彼女に会わないのか理由を知った。彼女は風邪を引いていたのだ。其の事実を知ったのは偶然で、彼女の通う女学校の前を通った時だ。
軍港と基地の間に、此の女学校はある。馬車で軍港に向かう途中、裏門から行き成り一人の生徒が飛び出して来た。此の生徒は余程急いでいるのか、将又何からか逃げているのか、多分後者。仕切りに後ろを気にして走っていたから。飛び出して来た生徒に中将は、元帥の乗られる馬車に打つかるとは何事か、元帥に御怪我があれば貴様如何する積もりだ、と声を張り上げた。そんな中将の喚きも耳から抜け出てしまっているのか、生徒は後ろを未だ気にし、謝罪もせず逃げ様とした処窓から手を伸ばした中将にあっさりと捕まった。
「こら、女性を其の様に扱う物ではありませんよ。御離し為さい。」
裏門に海軍の馬車が止まっている事を不審に思った教諭がやって来、其処で中将に襟を掴まれている生徒は喚き出した。
「ほら見ろっ来たじゃんかっ畜生海軍がっ」
「貴様っ元帥に向かい何て言葉を…っ」
「構いませんから、早く離し為さい。」
中将から解放された生徒は、呆気無く教諭に捕まった。兎の耳の様な髪型をした生徒。其処で私は何故か、いや、矢張り、と云うべきであろう、同じ髪型であるならば犬の方が好ましいと感じた。
「急いでるんです。」
生徒の声に私ははっとし、早く馬車を動かす様手を振った。しかし。
次に聞いた言葉に其の手を止めた。
「琥珀の…井上さんの処に行かなければ為らないんです。」
「判ってるわ。けれど貴女は補習なの。落第するわよ。」
「神は病人を見捨てるの。大層ですわね。」
教諭は少し言葉に詰まったが又口を開いた。
「開け為さい。」
「え?」
「ドアーを、開け為さい。命令です。」
理解出来ない中将は首を傾げ乍らドアーを開き、其の侭私は生徒に腕を伸ばした。
「え…?」
行き成り後ろに引かれた生徒はあっさりと腕の中に納まった。
「ふふ。今日は、御嬢さん。」
「はあ…」
漆黒の馬車から抜け出た白い修羅に、海軍の馬車とは把握して居た教諭だが、まさか私が乗って居たとは思わず腰を抜かした。私が乗る馬車なのだから紋章は当然ある。しかし其れは反対側の、ドアーの無い方に印されている。其の手を離してくれと教諭は云えず、尤も声が出ないだけであろうが其れを良い事に生徒を馬車に乗せた。
「早く出すのです。」
「え?」
軍港に部外者を連れて行く気かと中将に聞かれたが、軍港に行く気は毛頭無い。
「今日は止めです。日を改めます。」
「では、何方へ…」


勿論、愛しい彼女の元へ、です。




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