Sweet Nothings


馬車の中、琥珀の家に着く迄生徒は縮こまっていた。屹度中将が怖いからであろうと途中、馨は彼を捨てた。実際は、始めて近くで見る海軍将校に緊張しているだけなのだが。
「此れからはプライヴェートの時間です。貴方は邪魔ですので捨てて行きますね、御機嫌よう。」
「一寸、元帥…?元帥っ本気ですかっ」
捨てられて暫くはぼってぼって馬車を走って追い掛けた中将だが、年と肥満の所為で直ぐに諦めを見せた。其れを馨は窓から顔を出し、満面の笑みで見ている。
「頑張って基地迄御戻り為さい。」
「家の方が近いのでっ其の侭っ帰っ…嗚呼っ元帥っ」
「ふふ。愉快ですね。」
ええそりゃ御前は楽しいだろうよと、追い掛けるのを止め、敬礼すると塀に凭れた。中将苛めを充分楽しんだ馨は窓を閉め、未だ縮こまっている生徒を見た。馨の視線に生徒は強張り、中将が居ない筈なのに何故だと馨は不貞腐れた。
琥珀とは全く質の異なる、陶器の様な白い肌を持つ生徒。筆で線を描いた様な漆黒の睫毛、細い身体、琥珀とは全てが異なった。誰も触れた事の無いであろう細い指に馨は触れ、真白い肌が赤くなる様に口角を上げた。
「御嬢さん。」
「は、い…」
「行き成り浚ってしまい、申し訳ありません。怖いでしょう。」
初めて聞く海軍元帥の声。想像よりずっと、艶のある声。唯でさえ憧れの強い海軍、其れが元帥。同じ空間に二人で居るのが嘘に思えて仕様が無かった。
「あの、加納元帥…」
「何でしょうか。」
「琥珀とは、その。」
態々自分を浚って迄行くのだから普通の関係で無いのは、生徒にも判っていた。けれどそんな話、琥珀からは一度も聞かされた事は無い。思い過ごしだろうかとも思うが、確かに馨の顔は嬉しそうに笑っている。
「琥珀さんと、ですか?そうですね。友人、という所でしょうか。」
其の言葉に生徒は衝撃を受けた。中尉の娘で異国人というだけでも周りとは違うのに、海軍元帥が友人に居る。しかし、何故琥珀は其れを自分に教えてくれなかったのだろうかと、少し疑問を感ずる。
「本当に、其れだけですか…?」
「と、申されますと?」
嘘や隠し事を嫌う琥珀が此の事実を隠していた、此れは何かあると生徒は馨に詰め寄った。
「琥珀には、何もしないで下さい。」
真剣な生徒の目に馨はきょとんとし、そして吹き出した。何故笑われたのか判らない生徒は馨の肩を掴み、揺さぶる。其れさえ馨には面白く感じた。
「一寸一寸、御止め為さい。」
「琥珀は私の物ですぅ、絶対駄目ですぅ…っ」
「判りました、判りました。御友人が心配なのは判りますが、貴女が心配している様な事、私共はしておりませんよ。」
「本当ですかっ?」
「ええ、本当ですとも。」
尤も、と馨は生徒の手首を掴み顔を近付けた。
「私は、其の域を超えたいのですがね。」
レンズで壁を作る馨の目が冷たく揺れる。冷たい汗が背中に噴き出るのを知った生徒は離れ様としたが其れは出来なかった。奇麗に笑う裏で目だけが冷たい。一瞬で、馨が危険な人間だと察した。
赤かった筈の生徒の頬が青くなってゆく過程に馨は喉の奥で笑い、此れ以上深入りするなと、矢張り奇麗な笑顔で云った。




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