御祭り騒ぎ
不思議な匂いのする中に、占い師は鎮座して居た。煙は見当たらないのに、何処から此の匂いが来て居るのか、琥珀は占い師よりも其方に気を向かせた。
「座って。」
辺りを見渡す琥珀に占い師は手を向け、其処から匂いは来た。
「鼻が良いのね。高いからかしら。」
自分を見る琥珀に占い師は笑い、然し琥珀は気味悪さを覚えた。
鼻が高い、そう占い師は云った。
けれど其の占い師の目元は真っ赤な布で塞がれて居る。琥珀の鼻の高さは、判らない筈なのだ。
「ねえ…」
「何かしら。」
矢張り見えて居ないのか、占い師は少しずれた方向に顔を向けた。
「あたしの髪の色、判る…?」
テントの中は薄暗い。琥珀本人でも、今の髪色はブルネットに見える。占い師は暫く無言で、何処かを向いて居た。
「琥珀色、かしら此れは。」
輝く橙色の中に赤と茶色が見える、そう云った。
「じゃあ、さっきの人達は?」
「在の異人さん?」
「そう。」
「一方はブロンド、一方はブルネット。ブロンドの彼は緑の目で、ブルネットの彼は青い目ね。」
「貴女、盲人だよね?」
少し恐ろしさを感じた琥珀は震えた声を出し、自分はとんでもない場所に足を踏み入れてしまったのでは無いかと思った。盲人を云われた占い師は鼻で笑い、占い師にそんな物は必要無いと言い放った。
「見えなくとも判るもの。」
「何で…?」
「私は占い師よ。全て、神様が教えてくれる。」
私の未来も、貴女の未来も。勿論、外に居る彼の未来も。
赤い布を歪ませ、占い師は笑った。
自分は占いをしに来たのであって清涼を求めに来た訳では無い。占いは好きだがオカルトは勘弁してくれと、琥珀は後退した。逃げ様とする琥珀が判る占い師は引き止めはせず、たった一言、こう云った。
「貴女は、世界を手にするわ。世界中の人達が貴女を愛し、賛美し、世界に君臨するわ。」
神をも平伏す其の美しさで。
凄む占い師に琥珀は数回頷き、有難うと、適当に返事をした。幕を捲る琥珀の背中に、占い師は「待って」と続けた。
「未だあるの…?」
金は払わないぞと云う琥珀に占い師は床に顔を向けた侭、首を振った。
「彼は駄目。いえでも違うわ。彼は貴女に必要。何かしら、此れ…」
もっと深く探れば判ると占い師は云うが、琥珀にそんな気は無かった。
「世界に君臨するのは彼、あたしじゃない。」
占う相手を間違えて居ると琥珀はテントから出た。矢張り、ハロルドの云う通り、最悪の占い師であった。
漸く出て来た琥珀に愛子は気付き、如何だった、と聞いた。
「最悪だよ…」
皆揃って同じ感想。不機嫌に唇を突き倒す琥珀に、だから云ったでは無いかと、馨は無言で頷いた。
最悪なのは、結果では無い。在の占い師の風貌が、相手を不愉快にさせる。全てを見透かす、在の声。神様からの御告げだか何だか知らないが、人を不愉快にさせる才能はある。占いの才能は判らないが。
「あーあ、折角楽しい気分だったのに。」
祭りの場所に居るのに、此の気持は、祭りの余韻を家に持ち帰った時に似て居た。本の数分前迄は非現実的な陽気な世界に居た、そして帰宅し、買った物を見る在の現実の虚しさ。何があんなに楽しいのか、後から考えれば判らない世界。
冷めた気分を盛り上げる為、又在の世界に戻る為、琥珀は「良し」と云った。
「綿飴買い占めてやる。」
此れ又同じ事を云い、馨は暫く考えた。そして無言で幕を捲り、大和が止める声も聞かず中に消えた。
「いかんって…」
ハロルド達に八つ当たりされ、気分の悪い馨。そんなに不愉快な占い師ならば、是非見てやろうでは無いかと馨は自虐を晒した。馨の機嫌が悪くなり、一番困るのは大和である。当たり散らされる事は占い師に聞くより単純明解で、案の定五分後、大和は馨に当たり散らされた。
「ワタクシは海軍元帥ですっ。何故在の様に批難され無ければ為らないのですっ」
先の英国海軍元帥様と同じ事を云い、不愉快極まり無いと繰り返した。
「何云われたの?馨さん。」
「貴方に味方は居ない、一生一人で、孤独の中で精々虚勢を張ってるが良いわ。虚勢とは何ですっ、虚勢とはっ」
此の力は本物、上辺だけでも、偽りでも無い。此れは木島さんに云うべき事だろうと、馨は怒り狂った。
「言葉を向ける相手が違いますっ」
「そうだよっ、云う相手をかなり間違えてるよっ」
いんちきだいんちきだと二人は繰り返し、大和は疲れを溜息に絡まし、愛子を見た。
「どげん?」
「興味は、ありますわ。」
「行くね?」
「一緒に参りましょうよ。」
行灯の様な柔らかい笑みを愛子は向け、端から信じていなければ問題無いかと大和は幕を上げた。けちょんけちょんに貶されろと馨は酒を飲み、琥珀は頷き乍ら左右に持つ綿飴を口にした。然し如何云う事か、数分後出て来た二人は、入る前と全く変わらず、寧ろ高揚して居た。
「当たってますわ。」
「本物ばい、在れ。」
何を云われた、何と貶された。聞く二人に大和は首を傾げ、風貌が変なだけで何も無かった、そう云った。愛子も同じで、怒り狂う周りがおかしいのでは無いかと感じた。
「何て云われたのさ。」
「何も云われて無いよ。」
「嘘だっ」
「本当。貴方達は完璧ね、何も云う事は無いわ、そう云われた。」
頭の悪い琥珀は言葉の意味が判らず、馨に向いた。馨も判らないのか、大和に向いた。
「詰まりやね、おい達は此の侭ずっと一緒に居れば良い、って事っくさ。」
唯素直に、何も考えずに世界を楽しめば、其の楽しさは限り無く続く。楽しもうと思うから、現実の虚しさを知る。勝手に過ぎる時間の中で、同じ様に進めば良い。非現実的に見える祭り事でも確かに現実なのだから、一滴の水が海に落ちる様に同化すれば良い。
人生はそんな物、祭りもそんな物。
人生は楽しいだけでは無い、祭りも楽しいだけでは無い。事ある毎に一喜一憂して居たら身体が持たない。自然に流され様。
そう大和は笑い、自然に酒を流し込んだ。愛子も笑うが、琥珀の怒りの意味が全く理解出来ていなかった。
神をも平伏す美貌。
鼻息荒く怒り狂う今の琥珀には、全く無縁であった。唯此れだけは判った。
英吉利人は、賛美されると謙遜通り越し怒り狂う。
「変な人種。」
祭りの様に派手な琥珀を顔を見、線香花火が消える様に愛子は小さく呟いた。
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