My cats


最近キースの様子がおかしい。最近、と云うよりは、年に何回か見る光景で、暫く見て居なかったので“最近”。
殺気立ち、神経尖らせ、一寸した事に苛立ちを見せる。自分で置いたカップの位置が気に食わない等、些細な事に深い息を吐く。
「其れって時期とか判る?」
ボトルに船のパーツを狂いも無く置き乍らシャギィは聞く。
「時期…、うーん…」
毎回突然始まる。丸一年無かったり、三ヶ月に一度だったり…。今回は其の一年振りの“発作”だったので、すっからかんに対処法を忘れた。
マットを迎え入れ、俺は其方にばかり気が行って居た。
「兎に角、怖いんだ、何か。」
「昔から?」
「昔…、う…ん…、そうだね。少なくとも俺と付き合い始めた頃からあるよ。」
「成程ねぇ。長いね。」
ボトルの中から細長いピンセットを抜き、机に布を掛けるとシャギィは眼鏡を取った。
「あ…」
「何?」
「もう少し、眼鏡姿見たかったかも…」
此の眼鏡は視力補強する代物では無く、拡大鏡だ。なので長時間して居ると平行感覚が無く為るらしい。一時間置きに裸眼と交代する。ボトルシップに熱を掛けて居るからでは無い、そうでもしないとシャギィの夜は終わらないから。
彼は眠らない種族だから。
「あはは。此れ、結構神経使うからさ、会話し乍らだとズレるんだよね。ミリの世界だからさ。」
「そっか。邪魔だったね。御免…」
煙草に火を点け、落ち込む俺にシャギィは笑う。キースも、何時もこんな風に笑って居て呉れて居るパートナーだったら嬉しいのだけれど…。
「大丈夫、クラークさんの寝言で結構やり直したりするし。」
「クラークの寝言って?」
キース様、嗚呼キース様可愛い、では無いだろうか。或いは、バッカスさん、私のバッカスさん…。
何方にしろ、気味悪い。
「んー?んっふふ。」
煙草を持つ手を頭に乗せ、キースより長い足を揺らす。シャギィは本当に奇麗な男だから、絵に為る。
「許さん、絶対許さんぞシャギィ。」
「何其れ。」
笑いが出た。
「判らないよ。ボトルシップに集中してる時“シャギィ、此の馬鹿”“首を吊って死ね”“此の腐乱死体”って云われてみなよ、俺何かしたかなって思うでしょう?でも本人は寝てるんだ。一寸意味判らないよね。」
「腐乱死体?」
「何と無く意味は判るけど。」
“不愉快”の“役立たず”と云う意味で良いのだろうか。
「ボトルシップ作るより、ヘンリーと話す方が楽しい。」
煙草を消し、斜め右上を見た侭シャギィは笑う。其の顔は少年みたいで可愛い。子猫と成猫の中間みたいなシャギィ、実は結構可愛かったりする。身体付きは大人だけれど、仕種が未だ未だ子供みたいな猫。
キースは云うなら、成熟し切った貫禄ある猫。真新しい玩具に直ぐ飛び付く事はせず、古い玩具の合間に手を出し、そうして主人が気付かぬ間に気に入りの玩具を変える。一寸やそっとじゃ動じない風格、普段のキースがそうなだけに、発作を起こしたキースは怖い。
「気が立ってんの?」
「そう何だよ…、理由が自分でも判らないらしいんだ。何か…、本能が高ぶるって。其れに理性が支配されるって。」
「…本能しか無いみたいだけど…。いや、煩悩…?」
「保護したい所だけど出来無い…」
「でしょう?本能、ねぇ…。只管眠い、とか。」
「何時も寝てるよ、彼奴。猫みたく。其れが通常。」
睡眠。
そう云えば、発作の時は何時もの昼寝が無い。其の変わりうろうろし、部下に喚き散らして居る。
其れを云うとシャギィは、マッチを擦る手を止めた。
「俺、其れ見た事ある。」
「元部下、だもんね…」
「いや、じゃ無くて、違う物で。」
普段温厚な生き物が突然豹変する。煩い迄に鳴き、近付くと牙を剥く。
「ガートだ。猫。」
「キースは猫だよ、君と一緒。」
「じゃ無くて、発情期の猫だよ。其れが全くキースと同じ。主人が触れるのも嫌うんだ。俺の彼女がそうだった。」
「発情期って…」
キースは常に、絶賛発情期みたいな男だが。でなければ浮気等繰り返さない、此れも発作だから諦めて居る。
「いや、猫ってね、いや違う、動物ってね、雌にしか発情期が無いんだよ。人間も。」
「はい?」
初耳だ。
「え、知らないの…?」
「知らない…」
「犬、何十頭も居るのに…?」
「四天王以外、全部去勢と避妊してるんだ…。本当の飼い主に迷惑掛からない様に…。後…ヴィヴィアンでキースが卒倒したから、雌は特に注意してた…。家を血だらけにする訳にはいかないから…」
「だから皆大人しいのか…」
ヴィヴィアンが初めて発情期を迎えた時、発情を知らせる出血にキースが白目剥いて倒れた。雌って生き物は血を垂れ流さないと気が済まないのか、と。
云われてみれば、発情期は雌しか無いのかも知れない。
下種な話、生理前のレイディが「何で生理前ってこんなにしたく為るのかしら」と云って居るのを聞いた事がある。そして最悪な事に紳士の諸君、出血後は大変危ない。其れで阿保やらかした部下を何人も知ってる。…俺の父親もそうだった、とは黙って於く。
そして俺は、全く当て嵌まる阿保だと気付いた。
俺がセックスするのは何故か。
雄に発情期は無い。雌のフェロモンに本能が動くだけ、男は何時でもヤれるんだ。
「キース…、キース、君って奴は…」
「俺、シャギィ何だけど。」
「判ってるよッ」
キースから垂れ流されるフェロモンに本能と云う股間が反応する、其れだけなんだ。キースがフェロモン垂れ流さなければ趣味のオナニーでもして於く。
「君は雌かッ、キースッ」
「ヘンリーには女役…だしね…」
「嗚呼成程、合点行ったよ…」
キースの発作があるのは決まって“俺が忙しい時”。キースに構う時間が無い時、キース以外に気を向けて居る時。此処一年無かったのは、其れは俺がキースの発情期に本能で気付いて居たから。
然し今は、マットだ。
俺の集中は全てマットに向いて居る。父性の本能が発動して居る。結果、子孫繁栄の本能が停止した。
相手にされないキースは、怒り狂う。
「俺は馬鹿なのかッ?」
「明日から“雌猫”って馬鹿にして遣ろう。」
「……シャギィは何で無いの…?其の…余り口にはしたく無いけど…、そう云うのは余り好きじゃないし…」
迷惑掛からない程度の調教なら躾とも取れるが、支配する為に調教するのは、然も人間にするのは好きでは無い。人間には理性があるから。だからシャギィの“猫”としての人生は、余り好きでは無い。
にんまりとした口から、白い煙が上がる。
「だって俺、雄だもん。何時でもヤれる。」
「キースも雄だよッ、あんな逞しい物を御持ちだよッ」
「だから浮気するんだよ、其処は雄、がっつり男役だし。詰まらん相手に種散蒔く。で、雌って本能で完璧な雄しか受け入れないじゃん?キースって、完璧じゃん。癪だけど…。でも本命はヘンリー、あんたでしょう?本命には本性を見せる、詰まりは雌何だろうね、キースって。」
矢鱈少女趣味だし、とも付け加えた。
「でもさあ。」
「此れ以上の追い撃ちは…」
鋼鉄のローザでも萎れて仕舞う。
「クラークさんが酔っ払った時云ったんだけど。」
「君って使用人は本当、守秘義務って言葉を知らないね。」
吊り上がった眉が片方、ぴくんと跳ねた。
「じゃ、云わない。済みませんね、マスター。主人の命令は絶対です。黙ります。」
「御免、云って…。君の主人は噂話が大好きな阿保だ…」
「致し方無い、主人を喜ばすのが私の仕事、私の喜び。全部云いましょう。」
「云いたいだけだよね…?」
「嗚呼うん、そう。」
シャギィも結構、御喋りだ。とは云っても本当に阿保な訳では無いから、主人を守る為なら殴られ様が秘密は云わない。…シャギィには快感かも知れないが…。
「クラークさんって、意外と劣等生だよね。」
「嗚呼…、何と無く、判る。」
「在の完璧な方々が子孫を残さないのに、私の様な紅茶を煎れる事しか取り柄の無い男が、如何して子孫を残せるか…、って呻いてた。」
クラークよ、安心して良い。君の様な遺伝子レベルからの忠誠心は大変必要、絶対に根絶やしては為らない。繁栄には忠誠的な人間が必要不可欠、世の為にも其の忠誠心を持つ子孫を残して欲しい。
「実際勿体無いよね、其の完璧な遺伝子が其処で終わるの。とは云って於いたよ、マスター。」
「君のドエム遺伝子も、世のドエスの為に残して於けば…?」
「ヤダよ、何で。ヘンリーが望むなら残すけど、キースみたいなドエスの為には残さない。」
「シャギィの子供、一寸は見たいかも…」
「……ふぅん。」
沈黙の中に流れる紫煙、俺、相当煙草臭くないかい?
火の粉上げ煙草は消えた。
「其れ、本気?」
少し調子が下がった声。怒らせたのか、不安に為る。
「いや…」
「いや、本気なら、本気で作ってあげるよ?」
「え…?」
此の子は矢張り、阿保なのだろうか。
「何で?」
「何で…?」
くすんと笑うと立ち上がり、静かにドアーを開けるシャギィに釣られ、俺も椅子から立った。
「云ったよね。主人の望みは俺の望み、今は主人はヘンリー、あんただよ。何なりと、マスター。貴方の望みとあらば、喜んで死でも受け入れる。」
御休み為さい、マスター、素敵な夢を。又明日も貴方の望みを叶える事が出来ます様。
そう腹部に手を添え、頭を下げるシャギィに息が漏れた。
俺の猫達は、一寸変。




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