悪イ癖


考えれば、当然。なのに理不尽とさえ思った。
和蘭が、撤退する。
確かに、和蘭に提示した条件を考えれば圧倒的に英吉利側のデメリットが多い。然し其れでも、アンフェアな条件でも和蘭と同盟結んだのは敵が独逸だったから。独逸を潰すには和蘭が要った。
仏蘭西をほぼ鎮圧した独逸は、和蘭迄をも狙った。
だから、同盟を結んだ。
仏蘭西を鎮圧した独逸の敵は英吉利、かなり不利な状態で開戦した。難癖も良い所で、余りの難癖に腹が立ったので相手をしたら、案外強くて驚いた。
正直、馬鹿にしていた。
独逸だか何か知らないが舐めていた。
独逸は、数で攻めて来た。戦争とは、緻密な計算と高度な戦法で勝敗が決まる。少なくとも英国軍はそうして戦争をして来た。其の二つさえしっかりして居れば勝てると、今迄通り高を括って居た。其れが間違いだと、今の時代にはそぐわない事だと、独逸軍の圧倒的な数を前にして痛感した。
此の数が英吉利に向かったら―――負ける。
確信した。
数を減らすにも此方側の数が足りない、一体何処から湧くのか、独逸軍は俺達を嗤って居た。
――一方に集まるから多いのだろう、矛先を分散すれば、数は減る。
陛下はそう呟き、其の相手に和蘭王国が指定された。
――良いかベイリー、戦争とは、頭脳よ。力では無い。頭脳が全て物を云う。其れが全てだ。我が大英帝国は、緻密な計算と戦法によって此所迄繁栄した。良いかベイリー、忘れるでない、英吉利は落ちない、そして、我等の中には、頭脳を以て海を支配した其の血が流れる。私は女王だ、大英帝国の、女王。私は、命尽きる迄此の国の女王だ。
独逸の矛先を英吉利から、英吉利和蘭両国に変えよ。
陛下の目論見通り、独逸の力は、数は減った。微かな希望が見えた。オラニエの、希望が。
中立国和蘭、防衛の為に存在する軍、だから力はあった。でも、戦法は無い。力はあっても、戦争をしないのだから戦法に弱い。戦法力は、独逸より英吉利、其れがあったから何とか凌げた。けれど和蘭には通用しない。
戦法より力が物を云った。
勢い乗せた独逸は和蘭の半分を鎮圧し、和蘭には悪いが英吉利には状況が良い。此の侭一気に減った数を潰そうとした―――其の矢先、和蘭が撤退した。
此の侭独逸の侵略が進めば、仏蘭西の二の舞、パリの弾圧を知る和蘭だからこそ、此れ以上の侵略を塞ぐべく、独逸に降伏した。
独逸のあの力が、数が、又、俺達に向く。
ゾッとした。
吐き気がした。
もう意味が判らなかった。
独逸と云う敵に、勝手に口角は吊り上がり、肺は揺れ、声帯から音が出た。
「あははははは。」
何の為に俺は香港に迄逃げた。英吉利を、陛下を、守る為では無かったのか。
何の為に、俺の愛する命と離れたと思う。
全て、全て………。
「此の国の為じゃないかぁ…ッ」
壁に貼り付く国旗を握り締め、叫んだ。
「返して呉れッ、俺の、俺の全てを…ッ」
「マーシャルッ」
「こんな未来の為にアルバートは死んだんじゃない…、アルバートには…英吉利の勝利を渡さないといけないんだ…」
国旗に縋り付き勝てるのなら、喚いて弟が生き返るのなら、毎晩そうする。でもそうじゃない、そんな気休めで勝てる戦争なら始めからしなかった。
国旗に触れる事が無意味だと、俺の身体は沈んだ。
「マーシャル…」
「独逸、独逸…目障りだ…」
全身を包む温もり、彼の鼓動が良く聞こえた。
「大丈夫、大丈夫です。英吉利は、負けません。」
普段なら、そんな気休めを云うなと怒鳴る所だが、肺から直接伝わる言葉に安心した。
「何でだい…?」
萎れた花の様にくったりと床に添う手を彼の背中に回し、しっかりと肩を抱いた。一瞬強張り見せ、少しの躊躇いの後言葉を繋いだ。
「貴方が、居るから。ローザが居る限り、英吉利は強い。」
其の言葉に力が入り、強く、睫毛が千切れる程瞼を閉じた。
そうさ、俺は誰だ。緻密な計算と殺戮を繰り返すローザだ。
忘れるな、俺は、英雄的導き手(ハロルド)。英吉利を勝利に導く男だ。
香港生活が余りに穏やかだから忘れて居た。
「有難う…」
「マーシャル…」
「自分が一体何者なのか、思い出したよ。」
「そう、貴方はヒロイックリーダー、…ハロルドじゃ無いですか。」
「そうだ、そうだ…、俺は、ハロルドだ。」
もう一度有難うと礼を云い、熱く為る目頭で見た。
透き通るヘーゼルの目が、俺を映す。青い目に映るのが当たり前に為って居たからか、彼の目に映る俺は、何だか新鮮で、凝視した。
鼻先に知る彼の息遣いは穏やかで、時折止まる。
「離れ様か…」
相手の目の中に自分が映って居るのが判る距離と密度に今更乍ら照れた。肩を掴んで居た手を離し、ゆっくり背中から離した。立ち上がる為もう一度、今度は前から彼の肩を借り、膝に力を入れた。なのに、俺は立って居なかった。座っても居なかった。床に伸びて居た。
手首を掴む彼の力に依って。
「…此れは、如何云う状況だい…?」
俺を見下ろすヘーゼルに聞いた。
「降伏、しませんか…?」
剥き出しの滑らかな額が俺の額とキスし、序でに鼻先もキスした。一番にキスすべき場所はガラ空き、此れは狙われて当然だ。
「浮気はしない性分。」
「左手の光が虚しいな。」
「…俺にも、見えてるけど?君の左手に。」
「アンタの事だ、察してるだろう?」
「“御仲間”って事か。」
「Oui,Monsieur.」
鼓膜を擽る仏蘭西語は、しっかりと腰を痺れさした。腰に感じた痺れは後ろから回る手の様に足の付け根に伸びた。そしてやんわりと掴む様に俺の股間を刺激した。
折角逃げたのに、君は何処迄も俺を追い詰める。
其の茶色の世界に、俺を染まる。
「Aimez-moi...」
俺は思う。
あの時、ヘロインが俺を駄目にしたんじゃないと。
俺は思う。
西班牙語は情熱的なだけで、俺の求める快楽は持ち合わせて居ないと。
俺が求める快楽は、自堕落的で背徳を孕む。決して“愛”何て言葉が無い事を。
其れには此の言葉が良く似合う。
「ヤらせろ、色男。」
「喜んで。」




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