GOD save the


「ハニー…、ハニー御願い…。俺を愛してるなら…」
朝起きて、俺がジョルジュに最初に云う言葉は毎日此れだった。
売人だから知っている薬の威力。だからジョルジュは、売人である癖に薬は一切していなかった。マリファナは偶に吸うだろうが、何時も煙草を吸っていたので良く判らない。
一番恐れていた現実にジョルジュは頭を抱え、俺は笑っていた。
夢は消え、ステージにも立てなくなった俺を、ジョルジュは決して見捨て無かった。
朝起きた時は紅茶、夜寝る時は優しいBaiserと「Je suis desole...Mon tresor...」と云う言葉を必ずくれた。
ジョルジュは俺を愛してくれた。けれど俺がジョルジュを愛するのは、偽りだった。俺が愛しいのはジョルジュじゃない。ヘロイン、其れだけだった。
俺の云う“Honey”は、ジョルジュなのかヘロインなのか、はっきり判っていた。なのにジョルジュに云っていた。
或る日、ジョルジュが居ないから昼間だった。俺は決まってジョルジュが調整したヘロインしかしないのだが、其れだけでは足りず、鍵の掛かる引き出しを壊した。出て来たMon tresorに笑い、嬉しさの余り紅茶に溶かさず舌で舐め尽くした。全身が逆立ち、頭の天辺から足の小指の先迄エクスタシィが這いずり回った。真昼間から奇声を発し、頭を振った。壁に体当たりしてみたり、自分でも理解不能な行動を起こし、余りの騒音に隣の淑女が何事かと様子を見に来た程だった。
「Are you all right?Mr.Baily...」
「Fine!」
ドアー越しに叫び、タオルケットをマントに見立て、「フランスめっ、俺はヒーローだ」とベッドから飛んだ。着地に失敗し、足を捻り、頭を打ったが痛く無かった。しかし、暴れ過ぎた所為で吐き気がし、いや唯単に過剰摂取をしただけなのだが、兎に角俺はタオルケットに吐いた。吐くだけ吐き、後はエクスタシィも無い。不快感の中で糞になる感覚を知った。なのに、タオルケットは洗わなければと、バスタブに突っ込んだ。タオルケットと俺を。
乾かす為に、全身ずぶ濡れでタオルケットを引き摺り、屋上に向かった。
「一寸っ一寸。ベイリーさんっ」
先程の淑女が驚き、引き摺ったら駄目じゃない、とタオルケットを取り上げた。代わりに干してくれるのかと思い、笑い乍ら俺は部屋に入った。違ったにせよ、結局干してくれた。
其の日の夜だ。
俺が施設に連行されたのは。
十時位だろうか、帰宅したジョルジュにしこたま怒られた俺は泣いていた。其処に警察が来た。俺は其の時、一日に二回も騒いだ俺に淑女が憤慨し、騒音被害で警察に連絡を入れたと思っていた。
「ベイリーさん?」
ドアーを開けた俺に警官はぎょっとした顔を見せた。
「ジョルジュが、俺を苛める…」
ぐちゃぐちゃの顔で泣き乍ら訴えた。
「ジョルジュ?ジョルジュ・クレマン=シャルル・ロワかな?」
廊下にもう一人居たのに気付かず、奇麗なフランス語を暗い廊下に響かせた。
「其の名前かは知らないけど、ジョルジュって名前でフランス人の軍人さん。」
俺は云った。彼は優しく微笑み、そして顔を歪ませた。
「ビンゴ。Merci.」
其の声に瞬間、俺は警官に壁に叩き付けられた。
「ヘロインの摘発だ。」
頭に顔を埋められ、直接頭に響いた警官の声に血の気が引いた。何故か彼女の“御気を付けて”も同時に聞こえた。全身に、痛みと廊下に隠れていた男達がなだれ込んで来る振動が伝わる。耳に入る無数のフランス語。そして床に叩き付けられる音。其れはジョルジュ自身だと知る。
「探したぞ?ジョルジュ。」
「此れは此れは…大佐殿…」
「逮捕状を持って来たよ。」
「...Grande.」
ジョルジュは笑い、無理矢理立たせられると後ろで手錠を掛けられた。押し出される様に背を押され、ジョルジュはふと俺を見、そして笑った。
「...Il est. Il est, Henri... Ainsi, c'etait bon. Merci, colonel. Merci beaucoup...」
ジョルジュの笑顔の意味に俺は力が抜け、泣き乍ら笑った。
「Je t'aime, Geroges... Merci... aidant, merci de...」
俺がフランス語を話したのは、此れが最後だった。




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