TRY TO KILL ME


御帰り、そう云ったリンダに、俺は引き攣った笑顔を向けた。疲れた顔で笑うリンダの其の後ろに、同じ様に目元を赤く腫らし、俺を睨み付けるヘンリーが居た。
「顔は、奇麗だ…」
だからと、柩を入れ様とした俺と其の部下に、ヘンリーの右手が飛んだ。
「そんなアルバートを、家に入れるんじゃないっ」
俺の頬を強烈に叩いた右手は力余り、柩の上に手向けられた花を切った。彼が好きだと云うマーガレットの小さな花弁はヘンリーの手に余り、辺りに、床に、丸で彼の様に奇麗に散った。
バランスを崩したヘンリーは其の侭壁にぶつかり、蹲り頭を抱えた。
「リンダ…」
「入れないで…」
唯一度顔を見せてと、玄関先に柩を下ろした。
黒い柩の蓋から白い花弁が落ち、中に眠る彼は、真白な薔薇の中に埋もれて居た。
言葉通り、上半身だけを日光に照らし、其の下半分は薔薇で造形され、上には国旗が掛かって居た。
「くれてやれよ…」
彼の顔を愛しいそうに撫でるリンダに、奥から忌々しそうな言葉が飛んだ。今此の柩に眠る彼と瓜二つの顔が、其処にはあった。何時もは柔らかい口調で話すと記憶して居たのだが、今日ばかりは、気性の荒い彼と似た様な口調であった。だから俺は、彼が“彼”であると錯覚してしまった。
「済まない…」
「黙れよ。あんたが謝っても、アルが動く事も、無い身体が見付かる訳でもあるまいに。」
「其れは、そうだが。」
「済まない?はっ、笑わせんな。だったら何で、始めに、捕虜にした。え?」
「ジャック、止めて…」
此れ以上聞きたく無いリンダはジャックの足を掴み、首を振ったがジャックの口は止まら無かった。
「あんたが乗ってた軍艦と艦隊に、古風な攻め込みされたんだろう?何百と云う水兵の命より、ベイリー元帥、貴方様の御命の方が大事ですか?」
そうですか、まあ御立派、とジャックは鼻で笑い、咥えて居た煙草を柩の横に捨てた。そして一回、柩を蹴った。
「寝てんなよ、アル。ほら、悔しいだろう。何時もみたく、やり返せよ。御前なら、出来るだろう。俺の知ってるアルなら…アルなら…………」
リンダを突き飛ばしたジャックは彼に縋り、真白い其の肌に涙を落とした。
「起きて、ほら。ね?アル…。朝だよ?俺、ちゃんと食事作って待ってたよ…?アル、云ったでしょう?御前のオムレツは最高だって…。ねえ、アル…。アルバート………」
硬直した皮膚は、幾らジャックが撫で様と其れに答えはしなかった。ヘンリーは呆然と二人を眺め、半分口を開いた侭泣いて居た。
「アル、俺のスコーンも付けであげる…。大サーヴィス。感謝してくれよ…?」
ヘンリーの言葉にジャックは少し顔を上げ、笑いもせず視線を合わせると又彼に向いた。
「聞いた?兄さん、スコーン焼いてくれるって。其れに、母さんのジャム一杯塗って、食べるのが、御前、一番幸せな食事って、云ってたじゃん。」
「じゃあ僕が紅茶を入れるよ。」
ずっと、リビングに居たのであろうが、背凭れの高い椅子に座って居た為、其処に居る事が判らなかった。ゆっくりと影が動き、すらりとした長身が現れ、抱いて居た犬を床に下ろした。
「アルは、僕の煎れた紅茶が一番好き。」
「良かったね、アル。朝から豪華だ。」
ジャックは笑い、目を覚まさせ様と一度強く額にキスをした。唇に伝わる額の冷たさにジャックは一度噎せ、矢張り如何やっても目を開ける事も、憎まれ口を叩く事もしない彼に、ジャックは落胆を見せた。
「もう、結構です…」
柩を一切見る事無くジャックは云い、俺は無言で蓋に手を掛けた。其処に、彼みたく体温を低くしたヘンリーの手が触れ、俺から奪う様に、視線合わせる事無く無言で蓋を掴んだ。
「ウィル。」
「何処に置く?」
ウィルは比較的安定して居るのか、取り乱しは見せ無かった。唯、何故か笑って居た。
ウィルは、態度に出て居ないだけで、内心酷く動揺して居るのであろう。
笑い、父親の写真を持って居た。
一度写真に十字を切り、写真にキスをした。
「父さん、迎えに来て。アルはとんでもない方向音痴だから。」
「ウィル…。父さんもだよ…。アルの方向音痴は、父さんの遺伝…」
「嗚呼、そうだ…。しまった…。でもほら、方向音痴が並んで歩いたら、きっと大丈夫、かなぁ……」
不安気に首を傾げ乍らウィルは、片方だけ胸に乗る腕を少し浮かし、間に写真を挟んだ。
柩の蓋を半分掛けた侭ヘンリーは止まり、最後の別れをして居た。
「じゃあね、アルバート。父さんに宜しく。主なる父よ、此の汚れ無き魂を、貴方の御傍に。」
「アルバート、暫く待ってな。あたしも、直ぐ行くよ。」
二人は漸く笑顔を見せた。しかし柩の蓋は重く、二人に嫌な音を聞かせると、二人から笑顔を奪い、柩の中に閉じ込めた。
天国でも寂しく無い様にと。
証拠にヘンリーは、最後の最後に柩に縋り付いた。
「愛してるよ、アルバート…」
其れがアルバートが最後に聞いた、家族からの愛の言葉だった。




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