荊を踏んで、さあ歩け
十七歳の夏に、在の女が捕まった。母を刺したのは矢張り医者で、最悪な事に其奴は此の家に長年付いて居た医者だった。妻は投獄され、信頼していた医者には妻と関係があった二重の裏切りをされた。俺が居る為安心し、他に子供は作って居なかった其の俺は、継承者としては不適格。実母を刺され、此の家で唯一の家族を殺された俺と、何方が辛いか。
俺は、母が刺されさえし無ければ、女と結婚し、全く血の繋がらない養子を育てる事が出来た。父親は何度も、其の提案を繰り返し俺に頼んだが、俺には最早、女の存在が許せ無かった。
「俺は始めから、此処に居るべきでは無かった。」
「キース…。キース、御願いだよ…」
俺は此の小さな世界で、大きな世界を知る筈だった。こんな小さな島国で、其れだけしか知らないのは、嫌だった。だから俺は四年間、必死に自覚を奮い立たせた。
言葉を覚え、礼儀を知り、バッカスに迄失笑される程無い才能のダンス迄覚えた。
でも、もう無理であった。
今迄の時間は全くの無駄になるが、其れでも良かった。
「今秋から海軍に、入隊が決まりました。」
「止めてくれ…」
海軍がどれ程危険か判る父親は、考え直してくれと頭を抱えた。父親の悲痛な声は、知れず俺を抉る。
俺は、父親を憎めずに居た。
連れて来られた当初は確かに腹が立ったが、ディアナをくれた。欲しいと云った物は全てくれた、気遣ってくれた。歩行機能が失われた母に、在の女が貰う筈だった家、財産を与え、バッカスを筆頭に手伝いを送った。在の女の位置を、失われた足の代わりに貰った。
だから、俺は、父親を恨めず、無下に切り捨てる事等出来無かった。
「十年…」
俺は云った。
「二十八歳迄に人生の目的を、世界を知れ無かったら、私は、貴方の人生に、添います。」
女と結婚し、養子を受ける。そう約束した。
「勝手を、御許し下さい。」
直立不動で敬礼し、下ろした腕と一緒に涙が落ちた。
父親は判って居たに違いない。俺が約束した十年後が無い事を、其の青い目は望んで居なかった。
無言で父親の部屋から出、小さな鞄に広い世界を詰めた。其の日は、信じられ無い程澄んだ空をして居た。
雨だったら、考え直したかも知れない。
此の青空は何処迄も続き、俺を見詰めて居た。父親が常に上から見守ってくれて居る、其の下を、俺は突き進んだ。
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