荊を踏んで、さあ歩け


夜中、行き成り父親に叩き起こされた。其の血相は尋常では無く、事業が失敗したのかと思った。
「エレナが刺されたっ」
取り乱す父親の声に、全身の鳥肌が立った。屹度其の鳥肌が殺意の始まり。適当に服を着せられ、夜中の街を馬車で抜けた。
刺された、と父親は云ったので、死んでは居ない。然し、ダンサーの母には、致命的だった。後ろから腰を刺され、一生歩けない身体となった。
通り魔等では無い。若し其れであれば心臓を狙うか、快楽犯であれば滅多刺しで殺す。殺す積もりは無く態と腰を狙い、御丁寧にきちんと髄を判って居る犯人と来た。
詰まり犯人は医者。
そんな人間が、母を刺す筈が無い。母は自慢では無いが、風邪等引かない。医者に、用は無いのだ。
虚ろな目で母を見る姉の姿に精神が壊れた。猫のディアナを、思い出した。
行き成り奇声を発し、頭を抱え泣く俺に姉は驚いた顔をした。奇声に気付いた医者と看護士に拘束されたが、俺は床に張り付き動こうとはしなかった。
リノリウムの床に爪を立て、血走った目で前を睨み付けた。
「殺してやる………」
犯人は医者、けれど指示を出したのは、在の女以外考えられなかった。
「俺からディアナを奪って於いて…未だ俺が憎いか…」
在の女は、俺が嫌いで堪らない。其れは初めて家に行った時、視線で判った。懐きもしない他の女の子供、其れだけなら未だしも、跡取り。唯の養子であれば問題は無かった。父親が此の父親であると決定されて居る為、在の女は石女として蔑視され続けた。社交界の場でも、他の夫人達が我が子は格別ですわよとを自慢する傍らで、何時も引き攣った笑みを零して居た。在の女が其の場で暗い顔を晒せば晒す程、父親は俺を自慢し、そして羨望された。
――利発で美男で何と羨ましい御子息か。
――うちの芋と変えて頂きたい位ですな。
――いや本当に、目元がそっくりでらっしゃる。
――西班牙系?成程、流石に美男な筈だ。色気が違う。
在の女はブロンド、父親もブロンド、俺は違う。誰が見ても、在の女の子供では無い。
憎まれて、当然の存在だった。
今迄、地味な自然に見える嫌がらせは受けて居たが、黙認した。俺には受ける義務があると思って居たから。けれど、ディアナや母に迄危害を加えるのは、自然では済まされない。
「御免…、御免母さん…」
御免、ディアナ。
リノリウムの床は冷たく、身体が冷えて行くのが判った。
「御父様…」
床に座り込んで居た俺は、何時の間にか鎮静剤を打たれて居た。其の所為で意識は朦朧とし、此れが現実かも判らなくなった。
「私はもう、貴方の息子で居る自信がありません…。貴方は幸い、未だ御若くていらっしゃる。御母様が無理でしたら、他の方と跡取りを作って下さい…」
そして俺は、云った。
継承者の、事業保持に欠かせない事を。
「私は、女を愛せないんです…」
社交界の場で踊る事は出来る、然し子供を作る事は出来無い。今迄は何とも思わなかったが、在の女が俺にしてくれた事で、女と云う生き物に殺意を抱いた。
「俺、同性愛者何だ…」
此の言葉はきちんと云えたか判らないが云い終わった瞬間、床の冷たさを全身で知った。




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