愛故に
「其れはヘンリー、御免。俺が謝るよ。アドミラル ベイリー、私が云います。」
後ろから聞こえた彼の声に、俺達は反射的に離れた。
「在れは、本当に俺が悪いんだ。キースは関係無い。」
「キース…?キースだって…?」
最初はアドミラルと云った筈が、二言目にはキースに変換されて居た。
「君、誰に断って、キースを名前で呼んでるの?君は部下だろう?其れとも海軍は、上司を名前で呼ぶのが規則なのか?」
此れは八つ当たり。自分でも判って居るのに、口は止まら無かった。
勝てる筈が無い。
こんなに若くて、未来有望な彼に、俺みたいな人間が、敵う筈が無い。彼はチーターで、俺は所詮鼠。誰にも勝て無い。食べられるのを恐れ、逃げ回るのが、似合い何だ。
「ヘンリー、ヘンリー…。落ち着け。な?」
ハニー、如何して君は、そうして俺を抱き締め、キスするんだ。
「香水は、本当に俺が悪いんだ。手元が狂って、瓶を床に落としたんだ。もう、強烈な匂いで、ずっと換気をしてたけれど、やっぱり、付いたんだ。本当に、御免。まさか、こんな事になる何て、思わなかったんだ。御免、本当に、貴方達の仲を、こんな風にさせたい訳じゃなかった。」
なら何故、ハニーと寝たんだ。
俺に興味があるのなら、手っ取り早く、俺に近付けば良い。けれど彼は、態々ハニーに近付き、寝て、俺達の仲を掻き乱した。
「俺は、ヘンリーが凄く好き。だから、キースを、潰そうと思った。」
行き成り物騒な事を口走り、俺は勿論、潰す宣告をされたハニーも驚いた。
「海軍元帥のポストは、三つしか無い。ヘンリー、君の恋人のポストは、一つしか無い。悔しいじゃないか、此奴は、俺が欲しい物を、両方、何食わぬ顔で持ってるんだ。」
くしゃくしゃに顔を歪ませ、彼は云う。
「俺はヘンリーが好き何だよ。ねえ如何して?何であんたは、そんなに沢山の物を持ってるんだ。」
俺に一つ位、くれても良いだろう。
彼は云い、ハニーを睨み付けた。
「あんた何か、大嫌いだ。ヘンリーを独り占めするあんたも、ヘンリーを泣かすあんたも、大嫌いだ…」
俺を諦める事も手に入れる事も、ハニーを潰す事も、結局は中途半端な彼。彼は不器用で、少し、情熱が過ぎるだけ。
チーターは、決してライオンには、キング(一番)にはなれない。
彼がどんなに、情熱的に俺を愛しても、俺はハニーの方を愛してる。彼が云う様に、何度泣かされても、浮気をされても、俺はハニーを愛してる。
彼にも判って居る筈だけれど、認めたく無いだけ。認めれば、手を引かなければ為らないと知って居るから。
「ねえ、シャギィ。」
俯き、瞬きを繰り返す彼に云った。
「元帥になるって、凄い犠牲を伴うんだよ。云われの無い非難は受けるし、さっきの、聞いただろう?」
「在れは、酷い。俺がヘンリーなら殴ってる。」
「有難う。でもね、其れをしないのが元帥何だ。嫌いでも、言い掛かりを受けても、絶対に力を合わせ無いといけない。俺だけじゃない、元帥皆そう。キースだってそうさ。」
ハニーは、此の国で一番の侮辱を受けて居ると云っても良い。
――彼奴が元帥になったのは、陛下の機嫌を取るからさ。勿論、寝室でね。
――彼奴が結婚出来無いのは、陛下の寵愛を受けて居るから。
そんな事、ある筈は無いのに。ハニーはずっと、元帥になった其の日から、毎日周りから云われて居る。俺よりずっと酷い。陛下も陛下で、相手がハニーだからか否定はしない。陛下が一言、無礼者が、そう仰れば話は済むのに、仰らない為話が膨らむ。
俺の言い掛かりは、自業自得。
けれどハニーは違う。
「俺を罵る彼奴だって、結婚したのは元帥になる為だって、云われてる。勿論違うよ。皆、皆、足を引っ張り合って、でも、力を合わせないといけないんだ。」
皮肉な話だけど。そうしてそんな気持で陛下に従い、此の国を守る。どんなに理不尽でも、人間らしさが消えても、其れが元帥何だと、皆知って居る。
「君は、元帥に何か、なっちゃ駄目だ。中将辺りで、笑ってると良いよ。」
俺は屹度、ハニーや他の元帥みたく、機械的に話し眉間に皺寄せて居る彼より、笑って居る彼の方が好きだ。何かの一番になると云うのは、周りが思うよりずっとしんどい話で、其れなりの犠牲は必要。
勿論、彼が一番欲しがって居る、俺の恋人のポストもね。
ハニーはハニーで、気苦労が堪えない。だって俺は、飽き易いから。在の手此の手で俺の気を引くのは、元帥のポストに居るより、大変かも知れない。
だからハニーは浮気を繰り返す。俺に怒られる事で、俺の気を引いて居る。
唯、今回ばかりは、彼の勝ちに思う。俺は一寸した事で動揺する、其れをハニーに知られて仕舞ったんだ。
愛故何だ。
ハニーが浮気をするのも、俺が動揺するのも。
「シャギィ。」
「何?」
「海軍元帥のポストは諦めた方が良い。でも。」
ハニー、俺を動揺された罪は、海より深い。そして、生態系を、崩し兼ねない。
「キースのポストには、何時でも登って来ると良いよ。君なら、退屈しそうに無い。」
今日の俺は、頗る機嫌が悪い。ハニー、勿論、君の所為だよ。
生態系を崩そう等、王であるライオンが、そんな事をしてはいけない。するのは何時も、下の、被捕食者がするもの。
「ハニー、覚悟は出来てるかい…?」
「明日が休みで良かったよ…」
ライオンを屈服させる鼠、其れを狙うチーター。
愛故に崩れた生態系に俺は、海より深いキスを、ハニーにした。
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