愛故に


「マーシャル、マーシャル ベイリー。」
「機嫌が悪いんだ、後にしてくれ。」
こんな時でも周りは、いや何時でも、俺の事等考えては居ない。パーティーは好きだけれど、海軍も居る等俺は聞いて居なかった。御蔭で俺の機嫌は、在の時から悪くなる一方。空軍の元帥に挨拶をして、横目で海軍元帥を見た。睨み付ける様に俺を見、逸らすと、傷付いた顔で横に居る元帥に向いた。
「ヘンリーのブロンドは、何時見ても奇麗。太陽みたい。」
「そう?君のブルネットも、凄く奇麗。」
ダークヘアよりずっとね、そう髪に指を滑らし、ハニーを見た。
「おっと失礼、美しい紳士方。ワインは如何?」
丁度、もう一人の海軍元帥が俺の視線の真ん前に立ち、生憎、其の時のハニーの顔は判らなかった。
「何云ってるの、英吉利一の男前さん。」
「一番美しいのは、ヘンリー、御前だけどな。」
彼は持って居たグラスを俺達に渡し、代わりに空のグラスを持って行った。そんな事はボーイがするんだろうと云うと、暇で仕様が無いからボーイになってる、そう笑った。
「暇なの?」
「そう、暇。何時も暇。」
「Royal Navyなのに。」
彼は一回盛大に笑い、少し後ろを向いた。
「キースが居るからね、何もする事が無い。」
「其の内彼奴、倒れるんじゃない?」
空軍の彼は、海軍の忙しさと自分達の暇さを皮肉に笑い、ワインを少し飲んだ。然し、海軍の彼は唸り、グラスを口に付けた侭首を傾げた。
「キースの前に、シャギィが倒れそうだ。」
出た名前に、喉が締まった。
「シャギィ?シャギィって在の子?シャギィ・クルス。」
云って視線を、ハニーの近くに流した。ハニーの集団から少し離れた場所に、彼は同じ様に人を囲い、中心に居た。
そんな二つの集団に、海軍の彼は笑う。
「おーおー、流石はポストキース。囲ってるねえ。」
にたにた笑い、ワインを飲む。
「ポストキースって?まさか本当に、元帥候補な訳?彼…」
シャギィ・アギレラ・クルス。イングランド系西班牙人で、海軍に入隊して十年もしない内に、大佐の地位に迄上り詰めた、エリート中のエリート。其の速さは、丸で俺みたいだと、周りは云う。
「陸軍だったら、ポストヘンリーだな。」
「何でよ。」
俺は笑った。
「だって御前位だぜ?入って十年以内で、元帥の地位に来た奴何ざ。」
「在れは、元帥が俺を傍に置いてくれたから。」
決して、俺の力だけでは無い。笑ってみるが、彼の“ポスト・キース”は、地位だけでは無い様思う。俺の考えは的中で、彼の其の遊び癖が、一番の理由だった。
空軍の彼は、一度彼に目を向け、周りの全員はそう?、と聞いた。そう?、とは詰まり、そう云う関係なのかと云う事。海軍の彼は一瞥し、素早く面子を確認すると、右端の男以外はそう、そう云った。
「全部で八人居るだろう。」
「うん。」
俺達は顔を寄せ合い、グラスに口付けた。
「右端の男を除けば、七人になる。」
「うん。」
「一週間は、何日だ?」
其の答えに俺は吹き出し、一際大きな声で笑った。其の声に彼とハニーは気付き、一緒に近付いて来た。俺は其れが面白く、又彼の素行も愉快で、空軍の彼に寄り添い、笑い続けた。
「ヘンリー、如何したの?」
彼は聞く。
「ううん、少し酔ってるみたい。」
空軍の彼のフォローは、俺の傍に何時も居る中将より素早く、肩を叩いた。
「だってね、此奴、変な事しか云わないんだ。」
海軍の彼は少し驚いたが、頷き、俺の言葉に賛同した。
「嫁の変な性癖。」
「此奴、何時も縛られてるんだって。」
「はあ…?嗚呼、うん。内緒って云ったのに…」
思い切り顔を逸らされ、そんな事実は無いのに、と顔をする。彼の妻が実際に彼を縛って居様が居まいが、俺達には関係無い。ハニー達に、会話の内容を知られるのは、俺にも、又、海軍の彼にも不都合だった。
だってそうだろう、上司が部下の性癖を他軍の人間に無断で教える等、死活問題だ。人間性を疑われる。
だから、空軍の彼には悪いが、そんな趣味の人間になって貰った。
「縛られる…?へえ…」
「キース、其処に反応しないで。尚且、引いてるよね…?」
「いや、引いてないさ。はは…」
渇いた笑いをハニーは晒し、誰が見ても引いて居る顔をした。
趣味は人其々だから、等元凶の俺が云った所で渇いた空気は潤わず、自分の空気の読め無さに辟易した。海軍の彼と逃げ様としたが、此の場を何とかしろと、空軍の彼に腕を捕まれた。何とかしろと云われても、俺には如何仕様も無い。今更謝った所で意味も無い。彼に変態のレッテルを貼るだけ貼って於て、知らん顔をする俺は最低である。
「御免。」
「御免じゃないよ、ヘンリー…」
「良い趣味、持ってると思うよ?俺は。」
「だったら君も来てよ、いや、本当に。」
「SM趣味に?其れとも女に?無理だって。」
俺が同性愛者なのは知って居るだろうと云うと、何でも良いからアブノーマルに来てと云われた。此処で嫌だと吐き捨てるのは容易だが、其れでは流石に彼が可哀相なので、俺は頷いた。
「安心して、大丈夫。俺も中々にアブノーマルの人間だから。」
何と無い其の言葉に、ハニーが反応した。言葉は出さ無かったけれど、顔に動揺が見えて居た。
「ホモがアブノーマルとか駄目だからね。だったら皆、アブノーマルだよ。君も君も、向こうの御偉いさんも。」
英吉利は、如何してこうも、ホモが多いのだろう。
「違うよ。其れはもう、俺の中では至って普通だよ。問題無い。」
「なら何?ヘンリーのアブノーマル趣味って。」
俺がSMなら君は何だ。何だと云われても、咄嗟に出た為、考えては居なかった。だから、適当に云った。適当と云うよりは、願望。
「俺、三人とか、そう云うのが、凄く好き何だ。」
瞬間、ハニーが酒を吹き出し、噎せた。気管がおかしな音を立て、必死に背中を摩られて居る。
俺達が恋人同士だと云う事、未だ、誰も知らない。彼以外は。
ハニーには強烈な西班牙美女が恋人に居て、同性愛者であるのは、単なる噂に過ぎ無かった。
「何、御前、オナニーだけじゃなくて、複数も好きな訳?とんでもねえ変態だな。」
同じ陸軍元帥の彼が、偶々横を過ぎた時、俺の言葉を聞いた。
「オナニーが好きって、何で知ってるんだい。君、そんなに俺が好きかい?」
複数プレイ云々は願望だが、自慰行為は本当。ハニーとするセックスも大好きだけど、ハニーを思ってするのも、凄く好き。だって其の時は、信じられない位虐めてやれるから。
「薄ら寒い事云うなよ。御前、終いにゃ、窓開けて公開オナニーとかすんなよ。マジで。見た奴は公開処刑の気分だからよ。」
「御望みなら、今してあげるよ。」
「勘弁…。酒、全部吐くわ。」
陸軍の彼は、ホモファビア。同性愛者が嫌いで堪らない。だから俺は、厭味の如く彼に対してそう云う事をする。其れが一層、彼の同性愛者に対する嫌悪を強めて居ると判って居ても。
悔しいんだ、同じに人を愛して居るのに、同性と云うだけで非難されるのは。
「複数プレイが好きで、公開オナニーが好きで。うん、やっぱりヘンリーはアブノーマルだ。」
「…………だろう…?」
陸軍の彼を睨んで居た俺は、空軍元帥の言葉にゆっくりと顔を戻した。
「だからね、大丈夫。」
「心ゆく迄、妻に縛られる事にするよ。」
「そう、良かった……」
何が良かったのかは自分でも判らないが、俺は、死ぬ程殺したい程大嫌いな陸軍の彼に話し掛けられた事で、平常心を保て無く為って居た。唯でさえ、機嫌が悪かったと云うのに。
俺はグラスを誰かに渡し、少し離れた場所に居る中将の肩を叩いた。
「気分が悪い、もう帰るよ。」
「大丈夫ですか?」
「さあね、在の糞野郎に死ねと伝えて於いて。」
元凶が判った中将は数回頷き、送りましょうかと聞かれたが、手で振り払った。空軍と海軍元帥の彼等に、楽しい時間だったと挨拶し、空軍の彼が咥えて居た煙草を奪ってやった。眼鏡を外し、髪を解き、咥え煙草で、詰まり元帥にあるまじき態度で会場を歩く俺に、周りは擦れ違う度会話を一旦止め、事もあろうか、気分を一層悪くさせた奴が声を掛けて来た。
「もう帰んのか?」
「だったら何?」
「御相手、見付かったのか?」
「君には関係無いだろう。」
「眼鏡ねえのに、良く見付けれるな?ホモは鼻が良いのか?」
奴は鼻で笑い、俺も鼻で笑い、持って居た煙草を奴のグラスの中に落とした。そして、其の侭グラスを奪い、中身を掛けてやった。
「俺が嫌いなら嫌いで、必要以上に突っ掛かるな、此の糞っ足れがっ」
信じられない物を見たと、周りは静かになった。当然だろう、陸軍元帥同士が喧嘩をして居るのだから。
「マーシャル、御止め下さい。」
「止めるさ、こんな糞に、構う暇は無いんだよ。早くくたばれ。」
「くたばんのはてめぇだ、糞っ足れが。」
酒に塗れた顔面を手で拭い、奴は俺を睨み付けた。けれど此れ以上相手にするのも阿呆臭く、同じ様に睨み付け、会場の外に出た。元帥と寝て、其の地位に来た分際で俺と張り合うなと、奴の喚く言い掛かりを聞き、涙が出そうになった。
俺は、自分の力で此処に居るのに。本の少し、奴より気に入られて居たと云うだけで、丸で其れが全ての様に、奴は云う。元帥は、そんな方では無い。本当に、俺の力を認めてくれて居た。俺を貶すのは、元帥への冒涜だ。
「やっぱり俺は…」
何処にも居場所が無いのだと知った。こんな時、思う。薬があれば、どれ程良いか。
けれど、俺はそう思うだけで、薬には戻らない。
だって。
「ヘンリーっ」
ハニー、君が居てくれるから。
此の腕が、全てを忘れさせてくれるから。
「如何した、ん?」
優しく顔を包む此の手も、優しい其の声も、涙を止める唇も、全部、全部、俺の物であるべき何だ。
シャギィや、他の奴が知って良い物では無い。
俺の為だけに、存在して居れば良いのに、ハニーはちっとも判ってくれない。
「何で、シャギィと、二回も寝たの…。二回目は、許さないって、云ったよね…」
自分でも不気味だと感じる程、声は掠れて居た。此れが本当に自分の声なのか、気味悪かった。
「御免、御免、ヘンリー。」
「シャギィが、好きなの…?」
浮気は駄目だよハニー、では、済まされ無いんだ、二回目は。だって其れは、完全な愛人だろう。遊びに思えと云う程が、可笑しいだろう。
「一回は確かにあった。けど、二回目は、本当に無い。」
ハニーは必死に俺に許しを乞おうと、額を付ける。けれど、そんなの如何でも良かった。
「じゃあ何で、彼奴の匂いがしたの…」
「在れは、言い訳がましいかも知れないけど、本当に違う。」
「理由を聞いてるんだ。言い訳じゃない。」
如何して、ジャケットに匂いが染み付いたのか。何故そんなになる迄傍に居るのか。君達は唯の、上司と部下だろう、そう云った。




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