愛故に U


在の騒動から半年後、俺はとんでも無い事を聞いた。
「シャギィが、海軍を辞めた?」
如何せ、ハニー、君が虐めたんだろう。
可哀相にシャギィ、こんな阿呆の虐めで辞める何て。
其れとも。
「そんなに、海軍元帥ポストは無理と云われたのが、ショックだったのかな…」
「だろうな。」
にたにたと笑って云うキースを、クッションで何度も殴り付けた。
「君がシャギィを虐めるからっ」
「酷い言い掛かりだな。」
だってそうだろう、そうで無ければ不自然だ。半年後とは云え、行き成り辞める等。虐めが横行したとしか思えない。
「馬鹿っ馬鹿っ、キースの馬鹿っ」
引き止めるのが、元帥だろう。其れが直属の上司のする事か。
「何も云わず受け取ってくれと手紙を渡して来たから、てっきりラブレターだと思って一度は丁重に突っ返した。けど何だ、良く見たら辞表だろう?快く受け取ったさ。」
「君は馬鹿かっ」
何で逆にしない。ラブレターであった場合、相手は明らかに俺だろう。
そうじゃなくて、シャギィ。
何故辞めたんだ。幾ら俺に、海軍元帥のポストは無理だと云われても、所詮俺は陸軍。海軍の事に口は出せない。足元にも及ばず、触れる事さえ出来無い。
だって陸軍は、Not Royal、だからね。
海軍や空軍とは、全く立場が違うのさ。底辺も底辺、鼠何て次元じゃない、微生物だ。死体に沸く、良く判らない菌。蛆虫の方が未だ増しだ。だって其れなら、ライオンの目にも止まるだろう。
其れ位俺達陸軍は、海軍に劣等感を持って居る。
何てこった、キラキラが眩しい。今日はより一層キラキラが輝いて居るよ。
「嗚呼、シャギィ。何で辞めちゃったんだよ…」
辞めるのであったら、陸軍にくれば良かったのに。そうすれば、俺の直属にしてあげたのに。
「シャギィは良いとして。」
「良くない。」
俺への情熱は、所詮そんな物か。やっぱり、ラテン系と云っても、血が入って居ないのが問題なのだろうか。幾ら西班牙育ちのラテン気質と云っても、其の血は所詮英吉利。キースみたく、完全な英吉利育ちでも西班牙と仏蘭西の、在の真髄の情熱を持って居ないと、ライオンには為り得ないのか。
残念だよ、チーター。
鼠は酷く、残念です。
「少し片付けて於いたら如何だ?」
云ってキースは、洋服が散乱するリビングを見渡した。
片付けろだと?
俺は其れ所では無いんだ。
でも矢張り片付けるんだ。
だって汚いのは嫌じゃないか。
「今日から来る新しい家政夫って?又変な人じゃないよね?」
「安心しろ、家から連れて来た。」
家、家とは在の実家か。
「バッカスさん…?」
だったら歓迎。バッカスさん、いらっしゃあい。
「残念だが、御望みのバッカスじゃない。何の因果でバッカスを呼ばないと為らないんだ。」
冗談じゃないと、キースは乱暴に俺の服をハンガーに掛けた。
「一寸、軍服を…」
「そうこうして居る間に、来たみたいだな。」
リビングにベルが響き、俺より先にキースがドアーに向かった。
一寸待てよ、其の家政夫とやら、君の懇ろでは無いだろうな。
「クラーク。いらっしゃい。」
「キース様、御無沙汰しております」
やんわりと静かな物腰で最敬礼をした其の四十半ばな家政夫、家から連れて来たとは云ったが、在の家で見た事の無い人物だった。
「クラーク?」
「はい、ベイリー家使用人頭クラークです。旦那様からキース様とハロルド様の御世話をする様にと。」
年の深みに艶の混ざる笑み。此れだ、俺はこんな色気に弱いんだ。
然し何だ、聞き間違いだろうか。ベイリー家が云々云っている。
ベイリー家だって?
何てこった。
「実家も実家、ベイリー公の所から呼んだのかいっ、キースっ」
「嗚呼。入って、クラーク。」
「はい、失礼致します。」
変な奴は呼ぶなと云った。然し、こんな話は聞いて居ない。此れでは、家政夫に気を使うでは無いか。俺が代わりに洗濯しなければ為らないでは無いか。
「一寸、キース…。彼は、駄目…」
「フェロモンの塊だろう。」
「もっと駄目っ、今直ぐに、ベイリー公の元に帰してっ」
中年の色気で俺が頷くと思うな。そうは問屋が卸さない。父親の所から使用人、然も、頭を寄越す等、監視に近い。
「クラークさん、あのですね。」
「クラークと御呼び下さい、ハロルド様。」
「俺はヘンリーで良いから…」
そしてもっと、重要な事が気になる。
「失礼ですが、クラークさん。」
「はい。」
「給与は…」
「勿論旦那様より頂いております。キース様は旦那様の御子息、其の御子息の所に家政夫として参りましたので、私の給与は旦那様より頂きます。」
「キースっ」
如何してくれるんだ、クラークさんに、頭が上がらないでは無いか。
「御願いします、本当…。ロンドンに帰って下さい…」
俺が其の色気に頷く前に。
無理だ、英吉利一の公爵の息の掛かる使用人等、陸軍元帥風情が使える訳が無い。寧ろ、俺が仕えたい位だ。
キースは良い、父親の使用人を寄越し使うだけで、自分は一切金を動かさ無いのだから。こんな完全無欠な使用人、何処探しても居ない。
クラークさんは、項垂れ、蒼白する俺の手をやんわりと握り締めた。薄く笑うそう顔は、家政夫と云うよりは、バッカスさんの様な執事に見えた。
「旦那様が、ハロルド様は屹度そう仰ると。ですのでハロルド様、もう一人、連れて参りました。」
「まさか其の家政夫も、ベイリー公の息が掛かってる等云いませんよね?」
「御安心を。教育期間中、御気に召して頂けましたら、給与はハロルド様より。」
俺から手を離し、優しく話して居た其の声は、後ろを向くと全く違う声色をした。
「いらっしゃい、ハロルド様に御挨拶為さい。」
呼ばれ、ゆっくりと近付いた影。黒いスーツを纏い、上げた顔に俺とキースは開口した。
「シャ、ギィ…」
「シャギィ・クルスと申します。ハロルド様の身の回りの御世話を、邁進誠意、致します。」
「キース様と此の家の家事は全て私が致します。シャギィは、ハロルド様。貴方様の御用に。」
二人揃って、My lordと最敬礼をした。




*prev|1/8|next#
T-ss