薬に匹敵する玩具


マットが寝た後、シャギィと三人で話すのが何時の間にか習慣に為って居た。クラークは一人働いて居るが、シャギィが居れば倍時間が掛かると、半ば押し付けられて居た。
「ヘンリーって、凄いセックス長いよね。」
「そうかい?」
ヘンリーは普通に返したが、俺はそうは行かなかった。何故シャギィが其れを知っているのか、実はこっそり寝て居るのか、二人の顔を見た。
「長いかい?キース。」
「長いよ、だってキースのセックスって、三十分位で終わるもん。」
シャギィは一人笑い、ヘンリーは其の時間に冷たい目を向けた。
「三十分って…、キース、早漏かい…?」
「平均的じゃないか?大体シャギィ、何でヘンリーの其れを知ってるんだっ」
俺の酒を勝手に飲むシャギィからグラスを奪い、詰め寄った。話は簡単で、シャギィは不眠症。詰まりずっと起きて居る。だから判る。
「大体今から始めて、終わるのって、三時過ぎじゃない?で、何時も思うんだ。ヘンリーって長いなって。」
「聞くなっ」
「聞いて無いよ、俺其処迄暇じゃないよ。」
「じゃ何で判るんだよっ、暇じゃないなら何してるんだ?」
「だってヘンリー、終わったら何時も御風呂入るじゃん。何時もボトルシップ作ってる、忙しいんだ。」
マットの趣味、其れはボトルシップ作りだった。最近では何かに取り憑かれた様に作って居る。誰が教えたのか気に為って居たが、見付かった。
「御前か…」
「え?何が?」
「マットにボトルシップ教えたの…」
「そうなのかな、そうかも。」
項垂れる俺にヘンリーは一人笑い、集中力が出来て良いじゃないと脳天気だ。集中力は大事だが、マットは今、其れにしか集中して居ない。此れは非常に不味い事態である。
そして脳天気なヘンリーは、マットの異常事態より、セックスの時間に興味を持って居た。此奴は親として致命的かも知れない。
「ヘンリー、マットの将来が心配だ…。シャギィの阿呆の所為だ。」
「キースのセックス時間も問題だと思うよ。」
ヘンリー、御前は気付いて居るのか。
俺のセックス時間イコール浮気の時間だと。脳天気と云うよりは、此れはもう諦められて居る。
「キラキラロイヤルさんの無節操は諦めるとして。」
はっきりと云われてしまった。
俺はヘンリーに、もう関心さえ持たれて居ない。
「もう少し、時間掛けたら?折角浮気してるんだから。」
「そうそう、浮気してるんだから。」
「ねー、浮気してるんだよ。」
「浮気してるんだもんねえ。」
「だから浮気するのかな。」
浮気浮気と連呼をするな。こうしてヘンリーは、俺を虐めるのを楽しみにして居る。
「所でシャギィ、君はキースの愛人かい?」
「いいや、ヘンリーの愛人だよ。」
「そうかい、良かった。俺の愛人か。」
良くない、ちっとも良くない。公然と愛人発言するな。愛人を住ませて居る事に俺は為る。
そんな情けない海軍元帥、許される筈は無い。何故なら、海軍元帥とは常にスマートでパーフェクトで無ければ為らない。
愛人に乗り込まれる等、あっては為らないのだ。
「そうか、俺って長いのか。」
「長いって云うか、仏蘭西寄り?前戯に時間を掛けるから。」
「嗚呼、其れは突っ込まないでくれ。最初の恋人が仏蘭西人だった。」
「嗚呼じゃあ…、もう無理だね…」
其処で何故俺を見る。
嗚呼悪かったな、前戯も碌すっぽしない男で。
「ヘンリーになら時間掛けるさっ」
「だって、ヘンリー。如何?」
「嘘だと思う。」
何故だ。何故そう言い張る。少し悲しい。
「だってキースさ、直ぐ、とろぉんと為っちゃうんだ。俺が攻めるしか無いだろう。」
「ヘンリー、テクニシャン。」
「此れは本当、仏蘭西仕込みだよ。いやあ、叩き込まれたよ。」
凄く嬉しそうだ、ヘンリー。そんな昔話を聞く俺は嬉しくも無い。シャギィが愛人云々はもう如何でも良い、変える事の出来無い過去の話等嫉妬以外産まない。
まさにS**t。
「キースの情熱が、俺を熱くするんだ。其れに応えるのは当然だろう?」
そして此の殺し文句か。本当ヘンリーは、飴と鞭だよ。
「嗚呼、其れは何と無く判る。」
判るなシャギィ。俺は御前に、情熱を与えた事は一切無い。妄想も大概にしろ。
御前は少し、病院で休んだ方が良さそうだ。
「何て情熱的なキスする人だろう、とは思ったよ。」
「は…?」
ほら見ろ、云わんこっちゃ無い。ヘンリーの目が、凄く恐い。
「キース。」
「何でしょう…」
「君、浮気する時、キスするのかい…?」
「いえ、其の様な事は…」
「俺には……、あ…俺若しかして、とんでもない事云った?」
嗚呼、パーフェクトだ。
ヘンリーは、肉体関係は許すが、キスは一切認めない人間。快楽に肉体が反応するのは当然だが、キスは意思が無ければ出来無いと。だから、他人にキスをする事だけは、絶対に認めない。
愛情の無い人間に対して、キスは出来無いから。
俺は、其れを良く知っている。
「在れは違う。」
「キース最近、其れが口癖に為ってるよ。」
「ヘンリー、待って。キースじゃ無かったかも。いや在れはキースじゃないな、うん。キースって名前の人かも。」
「シャギィ、黙ってて。」
御免キース、とヘンリーに判らない様、顔半分隠し本気で謝罪するシャギィに俺は文句云わなかった。
云える筈が無かった。
だって俺は、何を血迷ったのか本当に、シャギィにキスをしたんだ。
其れはもう、其れこそヘンリーを誘う時にする様な情熱的な物を。
在の時の自分を、殴りに行きたい。カモン、タイムマシン。
「ハロルドさん、私に発言の時間を。」
「却下します。」
「頼むよヘンリー、後で幾らでも罵倒して良い。今は聞いてくれ…。いいえ、聞いて下さい。」
「シャギィに聞くよ。」
「一寸、嘘でしょうヘンリー…。凄まじい拷問だよ…」
「キース、今、此処で、其の時のキスを、見せてくれないか。」
「勘弁してくれ、本当に…。後が恐い…」
「見せてくれないなら、もっと恐く為るけど良い?」
其の薔薇の笑顔に、逆らえる人間が一体何処に居様か。此の英吉利何処探しても居ない、居るてはいけないんだ。
さあ早く、と笑顔で促されても、俺は動け無かった。
「仕様が無いね、俺がし様かシャギィ。」
「え?ヘンリーが?俺に?何時でもオゥケィですよ、マイ ロード。さあっ」
「其の場合はシャギィ、御前が俺から殴られるが良いか?」
「いいえ勿論、其れもオゥケィです。」
ヘンリーのキスと其の後俺から殴られる事を想像したシャギィは、忘れて居たが本物、涎垂らし乍ら身震い起こした。俺もだが、当然ヘンリーも引いて居た。
抑、何故シャギィはこんなにも被虐体質なのであろう。ヘンリーも大概其れ寄りだが、シャギィは本物だ。真髄から其れが滲み出、細胞皮膚神経全てに染み付いて居る。
「シャギィ、御前、海軍入る前、何してたんだ…?」
シャギィが海軍に入ったのは二十二の時、其処から十年もしない内に大佐、そして“ポストキース”を手にした。今は全て消えてしまったが、シャギィが海軍に入隊した時、其れは凄まじい風が吹いた。入隊した時既に将校、そうシャギィは、入った時からエリートだった。
俺ですら少尉に為るには三年掛かったのに、シャギィはテスト一発其の侭将校だ。然も俺より操縦が上手いと来る。此れが一番癪に触った。俺は精々、軍艦を動かす程度だが、まあ其れでも凄いが、シャギィは違う。戦艦を容易く動かす。在の戦艦をだ。軍艦よりも遥かに巨大な戦艦だ。
勝手が判らず、俺には動かす事不可能な戦艦だ。
戦艦を此奴は、車みたく操縦して居たんだ。
加納に其の技量を提供したい程だ。加納に微塵でも、シャギィの技量があれば良いと、涙を飲んだ記憶がある。
彼奴の操縦は最悪だ。何を血迷ったのか、唯単に下手くそなのか、同時訓練の時、柊はリトル・ヴォイドに突っ込んで来た。シャギィが同乗して居たから回避出来たもの、俺であったら、俺のヴォイドが傷物に為る所で、二度と帝國海軍とは訓練しないと誓った。
勿論、帝國海軍にもシャギィ同等の戦艦を動かす力を持つ人間が居る。加納雅だ。奴が柊に同乗して居たのも運が良かった。
其れを見て居た英吉利女共は、案の定「雅様素敵だわあ」「加納様加納様」と為る。なので加納雅は、少し英吉利で有名である。元帥である加納はさっぱりだが。
矢張り俺は、何が何でもシャギィを海軍に置いておくべきだったのかも知れない。在の加納雅に勝つ人間は、シャギィ以外居ないのだ。
「シャギィ…、海軍に戻ってくれないか…」
「あれ、俺の過去は?まあ良いか。」
「御前の過去も気に為るが、俺は其れより、海軍の行く末が気に為る…」
「俺はシャギィの過去の方が気に為るな。」
黙れ、此のNot Royal。戦車作れ無くて発狂して居る分際で。陸軍の戦車より、俺達海軍の軍艦の方が大事何だ。空軍の飛行機の方が大事何だ。
「俺の過去ねえ…、んふふ、秘密。」
「良いね、過去に影のある男はローザの大好物さ。」
「嗚呼、光栄です。薔薇の支配者ローザ様に御気に召して頂けるとは。」
「其のローザ様御自身も、過去は秘密だ。俺は知ってるが。」
Ruler of Rose、云わずと知れたヘンリーの異名だ。
因み“ローザ”と云うのは、“rose”と“sir”を組み合わせた造語で、又、仏蘭西語を話すヘンリーを皮肉り、仏蘭西訛りに為って居る。
無関係な海軍の人間さえも恐怖に叩き落とす陸軍の掟。
―――ローザ様の命令は絶対。
ヘンリー基ローザ様の独裁的陸軍情勢が許されるのは、此の所為である。
陸軍に舞い降りた天使の笑顔の下には、とんでもない悪魔が住んで居た。
其れはそう、在の東洋最強の黒き修羅が舌舐めずりし、身震い起こす程の。
「嗚呼、ローザ様、貴方の全てが知りたい。」
シャギィは、雰囲気を敏感に察する人間だと思う。少しでも嫌だと云う雰囲気を察したら、其処で話を切り替える事が出来る。
「ローザに上辺の言葉は通用しないよ。」
「あら、残念。」
だからシャギィは、滅多な事が無ければ喧嘩はしない人間だった。余程理不尽な事を云われ無い限り、大概何時も、吹っ掛けられるだけで、シャギィから喧嘩を起こす事は先ず無かった。
シャギィは本当に、元帥より側近の方が合って居ると思う。
「やっぱり御前は海軍に必要だ、明日手続きするから戻ってくれ。」
「煩いキース、シャギィはもう俺の愛人なのっ」
「我が愛しのローザ様が良いって云ったらね。」
「煩いローザ様、シャギィを返せ。技量を枯渇するな、社会に役立てろ。」
「キスしてくれたら考えるよ。」
忘れて居たが、シャギィにキスした、見せる見せないの話をして居た。俺は記憶力が悪い、反対に信じられない程ヘンリーは記憶力が良い。其の記憶力に父親譲りの勤勉さと母親譲りの完璧主義が重なって居る。
余談だがヘンリーの視力が悪いのは薬物の所為では無く、完璧主義者の努力の結果である。ヘンリー程の努力家の完璧主義者で無ければ、強制入隊の人間が元帥等不可能。
言い換えると、ローザ様には相応しい過去であり、又地位なのだ。
「ほら、シャギィを海軍に戻すんでしょう、早くキスして見せて。」
其れに少しばかりのスパイスがある。
其れを知ってしまったばかりに、刺激を求めた。恋愛等、身体の関係しか知らなかった俺には刺激的で、薬を知った阿呆に為った。
コカインの様な刺激的行為は、ヘロインの様な情熱に溶かされる。
一度ヘンリーは云った。
俺は丸で、コカインの様な男だと。
だったらヘンリーは、ヘロインだ。
「俺は…」
唇から全身に、堪らない快楽がゆっくりと浸透した。
「シャギィにキスしてって、云ったんだけど…?」
「同じキスを、してやった。」
「此れは成程、情熱的だね…」
重ねられた唇は酩酊感に喘ぎ、溶け落ちない様に首筋を掴む手、親指は顎を固定した。
「シャギィ、御出で…」
顎、首筋、鎖骨を強く撫でた侭ヘンリーは視線をシャギィに流した。
「俺、人のセックス見るの、趣味じゃないんだけど。何回も見て於いて云うのも今更だけど。」
笑うシャギィの声に唇と手は離れ、全身の安定感を奪われた俺は小さく喘ぎ、ヘンリーの居なく為ったソファに横たわった。
「そう、なら、今夜の相手は君にし様…」
一人用のソファに座るシャギィにヘンリーはヘロインの快楽を教えた。生憎ヘンリーの背中しか見えないが、ヘンリーの両足の間から伸びるシャギィの足の動きで、表情は想像出来た。
「駄目だ、本当気持良い…」
「俺はキスだけで、イかせられる。」
「うん、凄く判る…」
「試してみる?」
「仏蘭西仕込み…?前菜にしてはメインみたいだ…」
至上最強のドラッグ。
ヘロイン、コカイン、ダイナマイト…、世界を壊すのにそんな物必要無い。ヘンリー、御前が居れば、俺の世界は容易く壊れるよ。




*prev|1/3|next#
T-ss