ALICE in rehab
在のクリスマスの翌日から、何故かヘンリーは広間に行こうとはしなかった。点検の後食堂には向かわず、其の侭教会に足を向ける。年が変わってもヘンリーを見てないブラッド達は「等々くたばった」だの「再発した」だの勝手に云って居る。此処で、所謂愛人と称されるグレンも、中々に薄情さを見せた。リップスティックの減りが無くて良いわ、と鏡に向かう。時折ルカに伸ばし、良く判らないルカは笑って居た。
「キース君よ。」
「何ですかなブラッドさん。」
「御前、ポーカー出来るか?」
「興味無い。」
居ないヘンリーの代わりに、何故か俺が其の立ち位置に置かれた。監視奴なら沢山居るのに、態々忙しい俺を呼ぶ。此れは嫌がらせとしか思え無かった。そんなにポーカーがしたいのなら、寝て居る在の陸軍少尉を呼べば良い。天井に顔突き上げ寝て居る為、女達から化粧の洗礼を受けて居る。
俺は忙しい、ポーカーはしない、と腕を引くブラッドを払った時、医師団を引き連れた司祭が現れた。
「ベイリーさん、此方に居られましたか。」
其の集団に、俺は唾を飲んだ。司祭が医師団引き連れ、施設長に面会する時は、施設から人が居なくなる時。何度も何年も其の光景を見るブラッドはトランプを机に放り、国王陛下万歳、そう云った。
「二月、彼を此処から出します。」
「彼って…?名前を云って貰わなければ、手続き出来ませんよ。」
「嗚呼、失礼。ハロルド・ベイリー君です。其れと。」
司祭は医師の一人からファイルを受け取り、グレンを見た。
「グレン・マッカーサー、貴方もです。彼は亜米利加に送還しますので、四月です。」
机に散らばるトランプを集めて居たグレンは再度机にトランプをばら撒いた。漆黒の睫毛が何度も上下し、紅は付けて居ない筈の頬は赤らんだ。
「嘘…」
「マジかよ…」
ブラッドが驚いた様に、俺も驚いた。意味が理解出来無いルカは唖然と司祭を見るグレンを見上げて居る。
「嘘だったら、其の残り少ない毛を毟り取るわよ…」
恋人を追って英吉利に来たグレン。其れなのに其の恋人はあっさりグレンを捨て、英吉利で恋人を見付けた。恋人には捨てられ、知り合いの居ない場所での拠り所は薬。ロンドン何か大嫌いと吐き捨て乍ら薬に溺れ、自力で母国に帰れる筈も無く、忌々ましい英吉利に居る事しか出来無い葛藤。
そんなグレンが、帰りたいと願った母国。グレンは「出れるの?」では無く、「帰れるの?」。
そう司祭に聞いた。
司祭はファイルを医師に渡し、俺を過ぎるとグレンの頭に手を置いた。
「漸く、帰れますよ。御疲れ様、グレン。大好きな在の景色の中で、ゆっくりと休み為さい。」
充血した目から黒い涙が流れた。美意識の高いグレンは、そんな姿を俺達に見せる筈は無く、司祭を一度抱き締め、部屋に走って行った。後を追おうとしたルカを掬い上げ、きちんと抱き、司祭に向いた。
ヘンリーとグレンが一度に居なくなる。ブラッドがルカを構う訳は無く、大好きな二人が居なくなるルカの気持を考えると俺は苦しくなった。
「ルカは、如何なるんだ…?」
本来ならば、とっくに此処を出て居る。大人であれば。然しルカは子供で、尚且障害がある。引き取り先も無い。
そんなルカから、行き成り二人を奪うなと、本来なら喜ぶべき立場の俺は食って掛かった。
確かに任期中、どれだけの人数を此処から出すか、其れに依って昇格が決まる。任期が開けた時、俺は佐官になる。少尉が行き成りの少佐だ。歴代一厳しい施設長、そう上司とブラッドから云われた。
俺は、ヘンリーが此処を出ると云う吉報より、ルカが心配で堪らなかった。
「俺は、後二年で任期が終わる。其の時も屹度ルカは此処に居る。其れ迄は俺が構える、けど。」
俺が居なくなった其の後は。
ブラッドが面倒見る訳でも無く、ストレスの溜まる此処では格好の餌食。今でさえ、ルカ一人で居ると痣が出来る。そんな奴等からヘンリーとグレンはルカを守って居た。
「在の二人を此処から出すなら、ルカも出せ。」
そうは云ったが、ルカが此処を出た後の当ては無い。だからと云って、大して子供に興味の無い俺が引き取る訳にもいかない。
俺は、無責任に、聖人を気取って居た。
司祭は興味希薄な目で眉を上げ、又医師からファイルを受け取ると、ペンと一緒に俺に渡した。
「そう、グレンも同じ事を云った。在の子は私が居ないと駄目なのよ、と。」
俺は所詮偽りの聖人。本物の聖人は、偽りを正す。
「此処にサインを。」
何時もサインする書類とは違う書類。見た事も無い其の書類に、俺はルカを見た。
「御前、良いのか?」
判らずルカは笑い、ルカ本人が良いなら良いかと、サインをした。
グレン一人を本国に送還するのなら、ヘンリーと同じ時か少し遅いだけ。やけに出る迄に時間が掛かるなと思ったが、納得した。
「パパか?ママか?ママにしては厳ついが、パパにしても気持悪いな。」
ルカの国籍は英吉利。其れを亜米利加に移す。其の手続き期間が長い。
ルカはにこにこと笑った侭、グレンはグレンだよ、そう云った。
二人が居なくなった後のルカは心配は無くなったが、ルカ以上に問題で手の掛かる中年の子供。一気に三人居なくなるブラッドは、放心し天井を見上げた。
「俺も出して。御願い…」
「無理です。ブラッド、貴方は出す訳にはいかない。危険過ぎる。」
「何で。俺、良い子だろう。改心したって。」
「ええ、三回其の言葉を聞き、私は信じました。」
なのに何故、貴方は目の前に居る。
司祭のきつい一言にブラッドは机に頭を打ち付け、在れは違う、今回は本当、と繰り返したが司祭は全く聞いて居なかった。
日本の諺に、仏の顔も三度迄、とあるが、神も三度あった。寧ろ此れはかなり慈しみ深い。本来なら一度の裏切りで処罰を受けるが、流石は友なるイエスだ。
――一度の裏切り過ちならば、私は貴方を許す努力をし様。其れに気付け無い私にも責任はあり、私自身も愚かである。然し、二度目は侮辱に値する。
何て痛烈な言葉であろうか。俺は無宗教だが、此の司祭には頭が上がらない。
「キース、俺、一人ぼっちだぜ…。孤独で死にそうだ。」
歎くブラッドに俺も気付いた。
「安心しろ。俺も一人だ。」
俺に構ってくれて居たのはルカ一人。其れが居なくなる。誰がこんな俺と人形遊びをしてくれると云う。
アリス(ルカ)は大人になり、兎(俺)の事等忘れてしまった。ハートの女王(実母)も消え失せ、眠り鼠(ヘンリー)も目を覚ました。いかれ帽子屋(グレン)は、アリスと一緒。
「大変だ…」
「一人ぼっち同士仲良くし様ぜ、兄弟。」
「断る。」
チェシャー猫の相手等、真っ平御免だ。
――何てこった、此処はいかれてる。
ヘンリーがルカに歌った歌が頭に流れた。
――紅茶はもう良い。兎を探してるんだ。
俺はそう、陛下の為に動き回る兎。
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