ALICE in rehab


「面会だ。」
クリスマスの其の日、教会から部屋に戻ろうとしたハロルドはキースに止められた。散々聞かされた司祭の戯言に疲れて居たハロルドは正直足を向かわせたく無かった。
「リンダかも。」
哀れな息子にキスのプレゼント、ブラッドは云う。
「あら、在の可愛い末っ子ちゃんかもよ。」
理由は同じ、とグレンはウィンクした。
そう?とハロルドはキースに向いたが反応は無かった。時計を見、指を鳴らす。早く行けと無言に指示され、渋々ハロルドは三人に背を向けた。
「リンダだったら伝えて。俺にもキスをくれと。」
「私も御願い。リンダ愛してるわ。」
リンダが誰か判らないルカは、僕も、そう適当に云った。ハロルドは笑い、伝えておく、そう云ったが望みは希薄。キースの顔が何時に無く険しく、又、面会の場所が違って居た。親族であれば、普通の仕切りの無い部屋。然しハロルドが連れて来られた部屋には、面会者との間に仕切りのある部屋だった。
親族で無い人間。
不安を覚えたハロルドは閉まるドアーに振り返ったが、カーテン越しに聞こえた声に向いた。
「アロ」と聞いた声も無い、女の声。
「カーテンを開けて良いか?」
キースは聞いた。
「え?嗚呼、俺は良いよ。」
「なら、向こうの御婦人にも聞いてくれ。」
「君が聞けば…」
「仏蘭西語で、聞いてくれないか。」
俺は仏蘭西語が話せない、とハロルドの言葉を遮った。仏蘭西語を話す人間に心当たりは一人しか居ないが、其れは男。女では無い。ハロルドの母親も仏蘭西語は話せるが、完全に訛り、第一こんな場所では会わない。
恐る恐るカーテンの下に手を入れ、ハロルドは仕切り板を叩いた。
「失礼、カーテンを開けても?」
「ええ。」
透ける栗色の髪、灰色の目、つんと上を向く鼻。見覚えは無かったが、仏蘭西人と云うのだけははっきりと判った。自分より少し年上に見え、ハロルドは在の恋人の妹か何かが文句を云いに来たのだろうと素直に椅子に座った。
「初めまして、ハロルドです。」
「ええ、知ってる。」
ぶっきら棒に女は答え、紫煙を吐き捨て仕切りに顔を寄せた。
「私が誰だか、判る?」
「あー、いいえ…。済みません…」
「そうよね、知る筈無い。」
なら此れは。
そう女は一枚の写真を仕切りに叩き付けた。写真を直視出来ず、一瞥だけしたハロルドは手元に視線を落とした。
「知ってます…」
消えそうな声を出すハロルドを威嚇する様に女は声を強調させた。
「誰。」
「ジョルジュ、ですよね…」
「そうよ?ジョルジュ・クレマンシャルル・ロワ。仏蘭西陸軍将校で、貴方を薬浸けにした人間。」
最低、と女は仕切りから手を離し、落ちる写真に紫煙を吐き付けた。机に落ちる筈だった写真は床に落ち、ヒールの音が聞こえた。
「仏蘭西から逃げたと思ったら、英吉利…」
「貴女は…」
「私?知りたい?」
踏み付けた写真から視線だけハロルドに向けた女は口角を上げた。
「Ёpouse.」
「え…?」
在の恋人から、そんな話は一度も聞いて居なかった。又、自ら聞いた事も無かった。居ても不思議では無いが、ハロルドは衝撃を受けた。
「奥、さん…?」
「そうよ?子供も居る。」
そして又仕切りに写真を叩き付けた。
「こっちの長女のジョセフィーヌ。彼似だけど可愛いわ、私の天使。こっちは長男。此の子も天使よ、大好き。」
「へえ……」
写真を見るハロルドの目と声は震えて居た。長男は貴女似で可愛いねと引き攣るハロルドの笑顔に女は一層笑った。
「名前は、アンリよ。」
瞬間ハロルドの顔から笑顔を消え、頻りに瞬きを繰り返した。
息子と同じ名前の自分。
在の恋人が、何故自分に執着を見せたのか、判った気がした。
「写真を見ても判るでしょう?」
所詮貴方は此の子の代用よ、彼はアンリが大好きだったもの、そう繰り返す。耳を貫く言葉は、容易く心を抉った。最低最悪のクリスマスだと、ハロルドは神を呪った。
「実物を御見せ出来ないのが残念だわ。」
「そう、ですね…」
「其れは奇麗なブロンド何だから。」
矢張りそうかと、ハロルドは目を強く瞑った。
無邪気なくりくりとした大きな目、厚い唇、流れるブロンド。自分の幼少時代にそっくりだった。ふっとハロルドは、在の恋人の癖を思い出した。
髪を撫で、触れ、キスをする時、彼は優しい笑顔をして居た。そして繰り返し、世界一奇麗な髪、そう云った。
初めて会った時も、此の髪を褒められ、彼の視線は髪に向いて居た。
「逃げる時、アンリを絶対に連れて行くって、大変だったんだから。勿論私は止めた。泣き乍ら子供達を危険に晒すのだけは止めてって、必死に止めた。」
結果彼は泣く泣く妻子を仏蘭西に残し、英吉利に逃亡した。彼が逃亡した後、女と子供達は強制的に軍の管轄下に置かれた。金銭的に不便な生活は一切無かったけれど、囚人みたいな生活で良かったのかしら、と女は云う。
「アンリだけじゃない、私達も連れて行くと、一言云ってくれたら。」
私は喜んで今、一緒に投獄された。
女は薄く、辛そうに笑った。
一緒に逃亡すれば共犯者、仏蘭西に残れば罪人の妻。其れだけ。
「貴方は、共犯者?」
「え?」
「いいえ、被害者ね…」
運が悪かったのね、と女は云う。若しも、一緒に逃亡して居たら、傍に息子が居れば、貴方は貴方の侭で居られた。
「全ては、在の人が悪いの。そして知って止め無かった私の責任。薬物の不正横行は、大金が入るから。」
欲深いって、罪よ。今更知った所で、私達も貴方の人生も、戻らない。戻らない人生を悲観する、此れこそが罪であり罰。
其の言葉に、ハロルドは涙が流れた。
小さな罪は、積もれば大罪に変わる。知って居た筈なのに、自分を止められ無かった。自分に甘く、怠け、遊び、其れで夢が叶うと本気で信じた。
「違う…」
俺の今の此の姿は、紛れも無く自分の責任。被害者でも加害者でも無く、当事者。
――罪を罪だと認めよ。然すれば神は御許しになる。そして、其の改心を他人に向けよ。笑顔と愛情を以って。
――責任とは、事の重大さを感じ行動する事であり、償う物では無い。
下らないと欠伸噛まし聞いた司祭の言葉が嫌に響いた。最低最悪と感じたクリスマスは、ハロルドを大きく変えた。
其れは嘲笑った司祭の言葉であり、目の前に居る大罪を知る女でだった。
幾ら聖書を読んでも、話を聞いても全く理解出来無かった罪と責任の本質。七つの大罪を知るハロルドは、神の御心に添うクリスマスの奇跡を知った。




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