間違いのない恋愛模様
「薔薇のキスより、プロテアのキスは如何だ…?」
影から伸びた扇子は俺の顎を一撫でし、其の侭My ladyの唇に付いた。大きく開いた扇子はまさに花弁で、プロテアが何であるか全く知らない俺は首を傾げた。
「プロテア?」
「花の王よ、知らんのか。全く無知の塊よの、貴様。」
貴様の在れが薔薇、詰まり花の女王と比喩されるなら私は王だと、My ladyは冷淡に笑う。
普段ならば余り表立って感情を出さない俺だが、My ladyの笑みに俺の表情がはっきりと判った。
My ladyが一歩近付けば俺も一歩後退し、何度か足を動かしたら容易く壁にぶつかった。観念しろと云わんばかりに扇子は開き、ヘンリーの感触が残る頬と唇に扇子の感触が伸びた。
「何も取って食う訳では無い。二三聞きたい事がある。」
強く瞑って居た目を片目開いた。何時の間にかMy ladyは俺から離れ、横を向いた状態で扇子を開閉して居た。
「此処では在れだ、私の部屋に来い。」
My ladyの機嫌を取る場所は決まって寝室、そう云われるのは此れが所以。実際俺は、My ladyの寝室に居た。ヘンリーでさえ本当の理由は知らない。
My ladyが俺の絶対者に為ったのは、此の日からだった。
俺は国を守る積もりは無い、My ladyを守るに努める。My ladyが国を守るのを望むから俺は守るに過ぎない。
全てはMy ladyの為。
My ladyの望む事なら何でもする。
俺はそう、信じても居ない神に誓った。
だって神は、俺達海軍。
故に神に誓ってもおかしな話では無かった。
My ladyは寝室に入るや否やこう云った。
――私が貴様が守って遣ろう。
そして俺は相変わらず首を傾げ、プロテアのキスを貰った。
「私を馬鹿にするで無いぞ。」
唇を拭う俺にMy ladyは云う。白い手袋にプロテアの花弁は舞い、足から血の気が引いた。数分前迄は暑いと感じて居た筈が、今は寒くて堪ら無かった。
「貴様の事を調べたが、何だ。在のベイリー卿の子息か。」
随分と似てなんだ、と笑い、My ladyは気に入りの椅子に座った。膨らむスカートはまさにプロテアの大輪其の物で、其れが益々の恐怖と為った俺は、無断でソファに座った。
足に力が入ら無かった。
腰から下、全ての力が抜けた。
「私も、似て居るとは思いません。」
「最初はな、在のベイリーがベイリー卿の子息と思って居った。」
「彼は、奇麗なブロンドですからね…」
「したら何だ、リンダ・ヴォイドの産み落としでは無いか。いけ好かん男よ、ベイリーは。」
暑いと思って居たのは何も数分前の俺だけでは無く、My ladyも暑いと感じるのか頻りに扇子を動かして居た。
恋人をいけ好かないと云われた俺は床を見た侭笑う事しか出来ず、My ladyの言葉を待った。
「気分悪いか?」
「え…?」
「悪いの。恋人を悪く云われ、良い奴等居らぬの。はは。」
全身が冷えた。冷え、My ladyが扇子を動かして居るのさえ俺には奇妙に映った。
「My lady...?」
「安心せい、除隊等せぬわ。」
男を好きであろうが貴様に変わりは無い、そう含み笑い、「唯…」と視線を流した。
「難儀よの。苦労も多かろう。」
元帥としての職務ですら精神的疲労は多大、其れに加え、同性愛者と直隠すには以上の心労は否めない。ヘンリーみたくオープンには出来ず、何時其れが露見するか不安な俺は、多大なストレスを抱えて居た。
他人の偏見、失望、俺は其れがどんな物か知って居た。
ヘンリーは偽りのセクシュアルストレスを感じたく無いが為、偏見を選んだ。
俺には其れが出来無い。
強く居る為に、そしてプライドの為、セクシュアルを売り捨てた。
「貴様と同じに元帥に着任した、在のブロンド。」
「ギルダー、ですか?」
「そうそうギルダー。彼奴も確かホモセクシュアルだったな。」
憶測は的中。最悪な事に奴はヘンリーを狙って居る。まるでハイエナの様に。
「私は別段、同性愛者に偏見は無い。かと云って好意的でも無いがの。世間に知れ、追い込まれた人間を幾人も見て来た。私は其れでも、何とも感じ無かった。」
「左様で。」
「然しキース。貴様だけは、守って遣りたい。」
俺を見ず云うMy ladyは、遠い過去を見て居る様だった。
「キース、か…」
扇子を閉じると同時に過去を閉じたのか、鼻で笑う。
「ほんに貴様は、良い男よの…」
俺を見て居た視線は静かに時計に移り、徐に立ち上がると俺の横に座った。
「キース、キース…。貴方だけは、もう失いたく無いの…」
高い其の声は掠れ、猫みたく俺の股に頭を乗せ、扇子を持つ手はだらりと床に伸びた。
孤独なMy lady。
俺の可愛いMy lady…。
ネイビーに浮かぶブロンドはヘンリーの様で、俺は静かに撫でた。
「My lady.....」
幾ら大輪を咲かせ様と、誰も見ちゃ呉れない。
権力、大金、地位、名誉、羨望。其れ等全てを持つMy ladyは、屹度俺を自分自身と重ね見、そして、愛しい男を重ねて居た。
「心依り、愛して居ります…陛下…」
「其の言葉だけで、充分よ…」
「必ず、御守り致します。貴女の全てを、そして貴女の愛する全てを。」
「私に任せろ。失墜等させぬ…」
頬と唇を撫でる指先は冷たく、ヘンリーとは正反対で、其の冷たさに俺は口を開いた。首筋に知る爪の固さ、互いの息は顔に掛かり合い、ヘンリー以外の海に俺は映し出された。
「My lady、御就寝の御時間に御座居ます。」
短針は長針と重なり、長針が一歩動いた時、俺達は顔を離した。
「キース、時間切れじゃ。又今度楽しもうな。」
「Aye-aye My lady.」
My ladyは俺を愛して等居ない。
全ては演出。
俺を守る為の演出。
此の恋物語は失敗では無い。
………………多分、な…?
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