ジキルとハイドと海と空
触れられただけで身体は震えた。自分でも驚く程足は震え、ヘンリーを深く感じて居た。荒く抱いたかと思えば、壊れ物を扱う様に抱いた。
何時も、俺だけが何度もヘンリーの愛を貰った。君が良ければ俺は良い、ヘンリーはそう云っては何度も俺を愛して呉れる。与えられる愛に溺れ、呼吸を無くす。俺には堪らない快楽。
シーツを濡らす液体は俺のだけ。ヘンリーは実際、俺と事をする時、最後に一度しかイかない。其れも御丁寧に、俺への愛を袋に詰めて。
シーツの海に溺れて居た俺は浮上し、向かい合ってキスをした。長い時間ヘンリーを内で感じ、微かな振動でも声は漏れた。収まる事の知らないもう一人の俺は、涙や涎を垂らす様に体液を垂らした。だらだらと流れ、繋がる其処に、接着剤の如く張り付く。其の度、其れ以上深い場所は無いのでは無いかと思って居たのに、更に深い場所でヘンリーを感じた。
抱き合い乍ら、唾液と声と、愛を教え合った。キスをする度俺の其処は応えるのか、ヘンリーも応えた。
俺は今迄、何年とヘンリーと身体を重ねたが、漸く理由を知った気がした。何故ヘンリーが、何度も強く、其れこそ低俗な男共が「何発出した」と自慢する其れが無いのか。
ヘンリーは、極端に動かないのだ。深く揺する事は何度かあっても、最後迄決して動かない。俺は其れを、繋がりを求めて居るからだと感じて居た。其の考えは間違いでは無いのだが、俺は此の日、本当の理由を知った。
ヘンリーは陸軍だが、何故か銃器類を余り使わない。撃てと命令するだけで、余程、自分の命に危機を感じた時だけしか撃たない。
銃はそう、腰にかなりの負担を掛ける。下半身に力を入れて居ないと発砲した衝撃で座り込む結果と為り、其れは詰まり、敵に殺す時間を与えた。
ローザ様の弱点、其れは過去に犯した罪の罰。
向き合って居たヘンリーは、俺の身体から手を離すと、自分の背中にシーツの冷たさとベッドの固さを教えた。上に乗った状態の俺の手を握り、膝を曲げ、俺の身体が落ちない様支えた。
「キース、悪いけど、動いて呉れる?俺は此の侭でも良いけど。」
自らの重みで、ヘンリーは恐ろしく深くに存在を表した。感じた事の無い深い場所迄ヘンリーは遣って来た。内から来る圧迫感に息が出来ず、少し腰を上げた。ヘンリーの腰に負担が掛からない様足に力を入れ、緊張した筋肉の所為で声は余計に漏れた。其の度ヘンリーは笑った。
「食い千切られそう。」
「煩い…」
笑って居るのにヘンリーの顔は苦しそうであり、一度抜こうと腰を浮かせたが、其れに気付いたヘンリーの許さない目に力が抜けた。
俺の圧迫感に対する苦痛の声と、ヘンリーの腰に対する圧迫感の苦痛の声は同時であった。
「ご…御免…、ヘンリー…」
「良い、平気…、問題無い…」
其の割には一度噎せた。
「ねえキース…?」
「重い、よな…?御免、退くよ…」
「いいや、此の侭で居て。唯ね。」
両肘をベッドに付き、ヘンリーは一度キスを呉れた。
「其の泣きそうな声、可愛いなと思って。」
聞いた事の無い声、と唇を舐められた。其の与えられた微かな快楽に、俺は声と精液を漏らした。ヘンリーの腹部を流れる自分の精液、何度目だろうか。
「俺、君の精液を受けるタオルじゃないんだけど。」
「御免…」
身体を這いずる快楽の余韻に声は震えた侭であった。
泣きそうな声、其れは瞬く間に泣き声に変わった。
ベッドから身体を離したヘンリーは一瞬で俺をベッドに沈め、頭を支配する快楽に涙が溢れた。
「ヘンリー…、ヘンリー……っ。息が出来無い…っ」
「窒素は御嫌いかい?」
獣の唸り声みたくヘンリーは囁いた。快楽の加虐に揺れる目を睨み、反動で涙が又流れた。
反動…?
いいや此れは嫉妬。
嫉妬と屈辱に涙は流れ、声を殺した。けれど俺は気付いて居た。
此の嫉妬こそが、真の快楽だと。
証拠に俺は、全身が震え出した。安い嫉妬は、愛憎を流動させる。シーツ自体を、引き合いに出された愛人と重ね、怒りの爪痕を付けた。
俺達は深く絡み合い過ぎて居る。奇妙な形で縺れて居る。鋏で切る以外、離れる術は無い。
「キース…」
ヘンリーが俺の名前を呼ぶ度、縺れは一層酷く為る。俺達は酷く、深く、歪んだ状態で愛し合って居る。
「ヘンリー…?」
「嗚呼そうだね、御察しの通り、そろそろイくよ。」
生憎此処には、ヘンリーの愛を溜める袋は無かった。此れは俺には、堪らない絶好の機会だった。
快楽しか判らない俺は少しの理性を震え立たせ、離れ様とするヘンリーを掴んだ。
「Come inside...」
吐き出した言葉にヘンリーは完全に動きを止め、快楽に揺れて居た目は違う色合いで揺れて見せた。
「何、云ってるんだい、キース…」
駄目と繰り返すヘンリーに俺は泣き縋った。身体が離れない様抱き締め、首を振った。危険な行為であるのは充分承知して居た。現に俺は、そんな物を付けて事に及んだ事無いが、其れだけは一度もした事が無かった。
「正気なの…?俺達は、男だよ…?」
「女であれば、良かったな…」
何の恐れも躊躇いも無くヘンリーを受け取める事の出来る身体であれば、どれ程良かったか。妊娠、そんなのは恐るに足らない、寧ろ本望。
正直、其れを付けずに事に及んで呉れた事事態、奇跡だった。普段なら「又明日ね」と、幾ら俺の欲があろうが避けられた。
数分無言で見詰め合い、其の間俺はずっと泣いて居た。
「したく無かったと云えば、嘘に為るけどね。だって俺は…」
ベッドの中ではハイド氏だから―――。
剥がされた仮面。
其れは薬で?
いいや違う。
俺達は今迄で一番、深く愛し合えたかも知れない。
全く御前は、奇麗な月の下では、ジキルとハイドだよ―――。
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