ライオンとハイエナ


一週間はあっという間で、笑顔で帰宅したレイラに寂しさを覚えた。
此の一週間、リビングには必ず女の子の物が一つはあった。大きな熊の縫いぐるみ、俺が買った物だけど、ソファに無いと殺風景だった。ゲストルームを掃除して居たクラークは、掌に乗せたレイラ姫の忘れ物を見せた。
「まるでシンデレラみたいだね。」
水晶で出来た、靴の形をしたピアス。一週間在の魔物の巣くう館に居たマシューは精根尽き果て、一回り痩せて帰宅した。女と何か二度と住まない、一生結婚しなくて良い、初日の感想とは正反対の言葉を吐いた。兎に角恐ろしいとしか云わず、レイラが嗚呼為るのも無理無い話とマシューは云う。
先ず祖母。魔女みたく恐ろしく、近付ける雰囲気では無い。
叔母は陰湿陰険、結婚何か出来る訳無い。
手伝いは厳しいだけで、クラーク等可愛い。
母親は良く笑う人だったが、自分の事しか考えて居ない様な性格。
若い手伝いは、精神を病んで居た。
植物園みたいだと云った匂い、噎せ返る香水と化粧品の匂いは、二日目から頭が痛く為った。
食事は最悪、パンとスープがメインで、美容云々で変な味がする。完全為るベジタリアン一家で、肉が食べれない所為か夢にローストチキンが出て来た。良い色合い見せる二足を動かし、ナイフとフォークから悠々と逃げて居た。御陰で枕は涎塗れ、手伝いに「締まりの無い顔だから無理も無いか」と厭味迄云われた。
化け物屋敷から無事、なのかは良く判らないが生還したマシューに、ピアスを渡した。
「明日は日曜だから、今、届けに行って呉れるかい?」
「はあっ、嫌っ、絶対嫌っ」
「其処を頼むよ。鼠の俺が馬に為ってあげるからさ、レイラ姫に硝子の靴を届けてよ。マシュー王子。」
「はあ?何云ってんの?鼠が馬って?はあ?レイラと一緒に居て頭ヤラレた?」
灰被りを読んだ事の無いマシューは疲労と重なりかなり態度が悪い。弟を見て居る気分だった。
俺が何を云って居るのか判るクラークとシャギィは笑う。
「俺が持って行こうか?其の、レイラ姫に、硝子の靴を。」
「嗚呼、駄目。其の場合、シャギィがレイラの王子に為っちゃうだろう。」
「王子の遣いって事で。側近が靴を持ってた。」
側近宜しく、シャギィはアイボリーのシルクを敷いた掌にピアスを乗せ、俺に見せた。
「マシュー・ヘンリース・ベイリー、ほら、行く。」
「嫌だよ、本当嫌だよ…」
ソファにしがみ付くマシューを無理矢理立たせ、尻を叩いた。
マシューが王子って事は、俺は国王陛下に為る。所詮、王子は王子に過ぎない。
渋々馬車に乗ったマシュー、シャギィは満面の笑みで親指立てた。レイラとマシューをくっつけたい様で、俺としてもそう為ったら良いなと思うので、同じ仕種を返した。だってあんな可愛い子が娘に為ったら、毎日楽しいじゃないか。
二時間後、マシューは一層窶れて帰宅した。何故か一人で。
「王子、マシュー王子。側近のシャギィ・クルスは。」
「化け物屋敷に奪われた。」
「はい?」
シャギィ、可哀相に。マシューを王子にする積もりが、自分が王子に為って仕舞った。
思い出すのも悍ましいのか、マシューは震え乍ら始終を話した。
ドアーを開けたが最後、嫌がるシャギィを女達は屋敷に引き摺り込んだ。其の光景はヌーに群がるハイエナみたいで、ドアーを掴み必死にマシューに助けを求めたが、目の前で繰り広げられる連鎖にマシューは足が動かなかった。
――止めて、スーツがっ。皺に為っ……
――ママっ、此れがシャギィよっ。良い男でしょうっ
――吃驚する位良い男。縄持って来て。
――ママ、私、此の人と結婚したいの。
――其れは素晴らしい考えね、レイラ。
――けっ…。嫌っ、助けてマシューっ。マ………
涙目のシャギィに手を伸ばせず、傍観の末、ドアーは締まった。ピアスは渡せたので良いと、悍ましい光景が網膜にこびり付いた侭帰宅した。
クラークは言葉が出ないのか、無言で瞬きを繰り返す。
「旦那様に、助けを求めましょうか?」
「良いよ。ベイリー公、忙しい方だから。」
俺って奴は薄情で、シャギィが今、在の化け物屋敷でどんな仕打ちを受けて居るのか考えて遣る事もしなかった。
一ヶ月後帰宅したキース、其れでもシャギィは帰らなかった。あんなでかい人間が一人居ないと判りそうなものだが、帰宅一番、キースは「グラスは?」そう云った。シャギィと一緒に貰われたと云うと「そんな犬居たか?」と返された。
「西班牙生まれの、犬って云うか、チーター?」
「嗚呼、居ないな。云われて見れば。」
興味無いのは明白だが、少しは気にしても良いのではと思う。俺以上にキースは薄情な男。
今更な話だが。
「不便感じるなら、連れて来て遣る。」
「キース、シャギィが居るのは化け物屋敷だよ。」
「嗚呼、助けに行けないな。」
キースは薄情だけど、やっぱり寂しがり屋。シャギィが居ないと緊張感が無いと、三日後の夜分、ボロボロに為ったシャギィは帰宅した。義姉達からドレスを破かれた灰被りみたく、本当にボロボロだった。
奪還して呉れたのはキース、では無くてベイリー公。姿は見せなかったけど、シャギィの服に染み付いたベルガモットの匂いで判った。
「御帰り、シャギィ。」
「女って、怖い…。絞り取られた…」
何を?と聞きたかったが、マシューの手前黙った。キースは一人、使い古した雑巾の方が未だ馨しいと、シャギィから放たれる匂いに悶絶して居た。
化粧品の匂い、香水の匂い、ベルガモットの匂い。キースの嫌いな物全てを凝縮して居て、其れはもう濃厚だった。俺も少し、頭痛がした。マシューは此の匂いに一週間耐えたのかと、褒めて遣りたい。
マシューとレイラが恋人同士に為るなんて、絶対に無いと痛感した。
此方は雄が絶対なライオン、其方は雌が絶対なハイエナ。共存はするけど、啀み合うのが常。
気が合う筈は無いんだ。
ハイエナ(女)って、怖過ぎる生き物だ。鼠の俺は、そう思うよ。




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