貴方の匂い 私の感度


「ほんならな、何ぞあったら出雲兄さんトコ行って。」
云って八雲は流れる雲の様に出て行った。何ヶ月今度は居ないんだろう、私は思う。最初の三日は良い、初日に大掛かりな掃除をし、一人で食事をして、寝て、起きて、又食事をして…三日すると、一人で居る事に飽きる。此れで子供でも居れば少しは違うのだろうが、想像付かない事なので長くは考えない。
八雲の子供を私が産む…?有り得へん。想像も付かない。何時か産むのだろうが、他人事。妹の恭子を溺愛して居たので子供好きと八雲は間違えられるが、彼奴、ほんまはそんな人間ちゃうよ。子供何か大嫌い。
子供何か生まれたら、夜泣きするたんびに怒鳴られ、外に放り出されるに決まってる。ほんで八雲の事を嫌いに為ってく…、そんなん嫌。私も子供嫌いだから、二人で放置しそう、ほんで「泣いてんちゃう」「ええわ」て私はノイローゼで、子供死なすんやないかな。そんな感じがする。
八雲は自分が一番の人間やし、私は八雲が一番やから、そんな空間に全くの第三者が行き成りぽっと現れたら、然も育てるとか、頭がおかしく為りそう。八雲は子供に無関心で、私は其れに怒って、衝突して、溝出来て…八雲て人間が消えたらええねん、て本気で思う様に為る。
私は其れが嫌。
八雲の一番は他で良い、だけど、私の一番はずっと八雲が良い。ずっとずっと八雲を思ってたい。
そんな居ない子供何か如何でも良い。此の暇如何するか。八雲が居ないだけで起きるのも面倒で、食事も面倒。風呂には入る(私意外と奇麗好き)。昼前に起き、夕方迄ベッドでゴロゴロして、一寸御腹が空いて一寸摘んで、風呂に入って又ベッド…見てみろ、一ヶ月もしたら病人では無いか。
実際私は、風呂に入る以外の動作をしなかったから、筋力が衰えた。細い足が一層細い。
其れで思う、私は八雲が居てないとなあんも出来ん、する気が起きん、倖せやなあ、て。八雲居てたら、其れだけでええねん。
其の日は天気が良かった。何時帰って来るかは知らんが、好い加減シーツが臭い。風呂に入って居るのに何故臭く為る、意味判らん。自分のシーツを引っぺがし、布団も干して、じゃぶじゃぶ洗った。洗剤の匂いが、良い感じだ。
干した布団にだらんと腕伸ばし、布団と一緒に日光浴をした。そう云えば八雲は、月光浴が大好きだ。真夜中、月が一番明るい時、居間の床で寝て居る。二階のベッド、窓際何だから其処でしたら良いのに、一番光が集まるのが其処だからと、月明かりに顔を青白くさせる。私はちょろっと覗いて、ふっと目が合ったらふっと笑って、横に寝る。会話は無い、只管に月明かりを受ける八雲の心臓の音を聞く。
此れの何が楽しいのか凡人には判らんやろ、楽しいねん。八雲が居る、其れだけで楽しい。
今日の天気具合、夜に其れが出来そうだ。
「シーツ、乾いたかな。」
乾いて居た。取り込み、整えた。此の大地の恵みを堪能したい所だが、何時帰って来ても良い様に八雲の服でも干して於く。序でに本も干しとこかしらん。
八雲は私の全て。完璧な妻何てそんなモンには為れんから、本の一寸でええ、笑て頭撫でて呉れたら万々歳。笑顔一寸、頂戴ね?
開けたクローゼット、八雲の匂いがふわっと鼻を掠めた。此の気温の様に身体が熱く為った。頭が茹だる位に頬が熱く、心臓はずくずく痛んで、手先が痺れた。クローゼットに、八雲の服の間に身体を捩込ますと、…判るやろ?後ろから抱き締められてる気分。在の笑顔で、なあんも云わんと口元緩まして、私の顔は危険人物の札貼られる位破顔する。
ほんまに好き、好きで好きで堪らん。
好き過ぎて、涙迄出て来る。
引っ付かんだ服、ハンガーから落ちて、クローゼットの中で蹲った。
「八雲…ぉ」
八雲の匂いに包まれて名前を呼ぶと、全身が跳ねた。
頭が、腐る。茹だち過ぎて蒸発しそう。
なあ、八雲。最後に私に触った日、覚えてる?覚えてへんやろ。あんたはそう、何時もそう。何も考えんと私に触れて、私の身体に跡を残す。其れが何時か何て、あんたは知らん。
私は覚えてる、二ヶ月、正確には二ヶ月と四日前。
居ない一ヶ月は当然だが、一ヶ月一緒に居て触らんとは如何云う了見だ。不能か、こら。目の前に女が居るのにマス掻くて、一寸違いませんかあ?
私の身体は、充分過ぎる程八雲を知ってる。嗚呼此れが、男の手が染み付く、て云うんやな、何て思う。
反応する、八雲の一つ一つに、身体が反応する。其れが自然の摂理だとクローゼットは教える。
散々腐しと居て、私も酷い女。八雲の唇が触れる指先を、身体に這わした。岩漿みたく滾った身体に、触れた。
声がする、鼓膜にこびり付いた声が、頭に湧き出る。噴火寸前、八雲への思いが吹き出る。
「や…」
私は決まって、快楽の岩漿を見せる時、「や…」って云う。八雲の“や”何だけど、八雲は“嫌”の“や”と捉える。ほんで決まってこう云う。
――やぁちゃう。
嫌じゃない、すっごいすっごい、嬉しい。
「八…雲ぉ…」
腕を掴む様に服に爪を立てた。狭いクローゼット、此れは確かに、八雲の腕の中。
あっつい岩漿、私の中から流れ出た。
「……あたし、何してん…」
旦那の服相手に。似た者夫婦なんは、よぅ判った。
でも一寸違う、私は八雲が触れる其処に触れなくとも、良い。身体に染み付く八雲で、脳が絶頂を教えて呉れる。私の身体に触れるのは、八雲だけ、私さえも、よぅ触らん。




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