貴方の匂い 私の感度


「眠い眠い、退け。」
雷雲みたく朝方帰って来た八雲は、私を見もせず、二階に上がる。頭を撫でる事もしないで、三ヶ月振りのベッドに飛び込んだ。
「御帰り八雲。」
「うっさいうっさい、寝るしな、黙れ。」
余程眠いのか、言葉の途中で八雲は寝た。
早………っ、暇な私は寝顔を見た。
「髪、何時切るねん。」
枕に乗る髪に触れ、其の長さを計った。最初の頃は耳を隠し、襟足がちょい長い位だった。一年以上見て居るが、切られた気配は無い。知らんが、肩甲骨位迄伸びて居るんじゃ無かろうか。
津雲か、己は小姓津雲か。
長兄の出雲は何時見ても丸坊主、八雲曰く「ハゲ隠し」。云われてみれば額が後……いやいや何でも無い。坊主頭、素敵やと思います。とっても御似合いです。
暇で堪らん私は、眉一つ動かさず寝る足元に今度は座り、投げ出された足に触れた。
此れは無意識の、潜在意識の表れですか?
ばた足するみたく動かされた。後少しで顔に当たる所だった。
私も結構暇な女である、幾ら好きとは云え、良く寝顔を三十分も見れる。御父ちゃんが云うてたけど、赤ん坊の寝顔は何時間見てても飽きない、私が赤ん坊の頃、日がな一日眺めて居たらしい。
暇人。赤ん坊の顔何か見て何が楽しい。赤ん坊の寝顔こそ楽しいらしいが、私には判らん。八雲の寝顔の方が数倍楽しい。
「でっかい手…」
投げ出される手、掌を見せて居る。又跳ね退けられるかな?一寸触った。人差し指の本の少し先で。
「……何やねん、さっきから。」
「え…?」
くふ、と笑う声がし、顔を見ると八雲は起きて居た。目は暝って居るけど、口元はだらし無く緩んで居る。
「起こした…?」
「起きてたし。」
「何時から…?」
「ずぅっと、寝る云うた時から。」
性格悪っ。三十分も何、人の行動を狸寝入りで見てる。恥ずかしい。此れはもう恥ずかしい。と云う事はですよ?足を跳ね退けた在れは、意図的ですよ。暴力です、パートナーからの肉体的虐待ですよ。精神的虐待も受けたのに、終に肉体的に迄発展しました。
「何時止めるんかなて。」
「寝たらええやん…」
「うじゃうじゃ遣られて寝れるかい。」
そんなに何かしただろうか。三十分位顔を覗いて居ただけでは無いか。一寸足を弄っただけでは無いか。
「御免…、下行くし、寝て…」
想像した通り、髪は肩甲骨位迄伸びて居た。垂れ下がる前髪を掬い、目に止まった私のバレッタで留めた。
うわあ…似合わぁん…、リボンとかぁ…
津雲みたく女顔とか中性顔とかなら未だ違和感無いのだろうが、如何遣っても八雲は出雲寄りの男顔なので不気味である。鏡、見せたろか。酷い有様よ。
「下おってもちょいちょい覗くやろ、一緒寝よや。」
嫌や、絶対。
そんな変な頭(中身じゃないよ)した男と、幾ら好きとは云え限度がある、一緒に何か寝られるかい。
「頭、取って…」
「取れるかいっ、戦国武将の首かっ」
「頭のリボン、取って…」
「ええやんけ、リボンの一つや二つ。」
二つも付いてたらやです。
八雲は云うが嫌なので、ぱちんと外した。ぱさっと前髪が落ち、目を隠す。
「ほらな。」
「何…?」
「貸して。」
「い、嫌です。」
何だ八雲、女装の気があるのか。其れならそうと云って呉れ、そんな気持悪い旦那は嫌なので考えます。最悪、今迄の思いを捨て、日本に戻ります。
前髪を手で押さえた侭八雲は私を見た。
「見えんのや、前髪あると。茜の顔。」
嬉しい事を云って呉れるじゃないか丸眼鏡。今、掛けて無いけど。
「切ったらええやんか。」
「嫌ぁ。」
「何がしたいの…」
「え、今?」
八雲さん、もう少し考えませんか?前髪が邪魔なら切れば良い、其れも嫌とか、長いのも嫌切るのも嫌、結構御前何がしたいの。
私は其れを云っただけ、決して、決して今現在の貴方がしたい事を聞いて居る訳ではありません。
だからねえ、そんな風に手ぇ握らんといて。
そんな風に、笑わんでな。
「やく、も…」
「何したいと思う?」
「何…?」
「一杯あるよ?」
「絞って。」
「ほんなら三つ。」
三つもあるんかい。
私がしたいのは…?
一緒かも。
一つ目は。
「キス…?」
「正解。」
二つ目は。
「抱き締めたい…?」
「うん、そう。」
三つ目は。
「ほんで、やぁらしい事したい…?」
頭を撫でて呉れたら其れで良いとか、ほんまは嘘。其れだけじゃ足りん。
重ねた唇が、少し動く。
「合うてるけど、一寸違う。」
「何?」
「愛してるって振動を、鼓膜に教えたかった。」
勿論、ベッドの中でね…?
こんな臭い事云う男じゃ無かった。誰だ、誰に感化された。
「って、夏彦さんが云え云うた。」
グラシャス、セニョール夏彦。貴方がモテない理由、判りません。




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